展覧会の主役は「絵」ではなく、「企画書」や「設定資料」
「富野展」は富野由悠季監督の演出デビュー作となった『鉄腕アトム』から最新作『Gのレコンギスタ』までを網羅。今年81歳を迎える富野監督の創作人生全体を展覧会にする、と聞いていました。
しかし実際の展示内容はかなり風変わりなものでした。一般的にアニメーション作品や作家についての展覧会では、セル画やポスター、原画、背景画など完成された「絵」が展示物の大半を占めます。
それもそのはず、現代のアニメーションはキャラクターなど「絵」の人気が非常に高いからです。
ところが、「富野由悠季の世界」の主役は、「企画書」や「設定資料」なのです。
富野監督が会議に提出した文章、取材旅行のスナップ写真、しまいには紙切れに走り書きされたメモまで、およそ美術品とは思えない展示物が額装され、堂々と並べられていました。A4用紙30枚をこえる『伝説巨神イデオン』の手書き企画書が巨大なガラスケースに陳列されている光景には、本当に驚きました。
文字展示が多いので、一般的な展覧会に比べると地味な印象を受ける人が多いでしょう。しかし、時間をかけてじっくり見ていくと、まるでアニメの創作過程に立ち会っているような体験が味わえる構成になっています。これが「富野展」の唯一無二の魅力です。
「富野監督は当初、展覧会の開催に反対していた」
言い換えると、ある程度の集客が見込める既存の成功パターンに頼らず、新しい面白さを打ち出そうとしていたのです。すでに多くの固定ファンを抱えた歴史あるブランドでこの戦略をとることは、かなり難しいと思います。
よくある失敗が「これまでの顧客」と「新しい顧客」のマーケティングを両方とも細かく行ってしまい、結果として中庸で特徴のない商品・サービスが出来上がってしまうというものでしょう。「富野展」はこの罠をすり抜けていました。
私は、なんらかの成功した事例をドキュメンタリー取材する際、「もし自分がプロジェクトの担当者だったら?」とシミュレーションしてから撮影に入るようにしています。結果、浮かんだ疑問は2つ。
・どうやって「富野由悠季の世界」はエッジの効いた内容を実現させたのか?
・その過程に富野監督の意見はどう介在したのか?
私は青森県立美術館の担当学芸員である工藤健志さんに話を聞きました。工藤さんは開口一番、意外なことを言いました。「富野監督は当初、この展覧会を開くこと自体に反対していたんです」。目を丸くする私に、工藤さんはプロジェクトの成り立ちを丁寧に教えてくれました。