全国8カ所で開かれた大型展覧会「富野由悠季の世界」
その前に、少しだけ自己紹介させてください。私はドキュメンタリーを軸とした映像演出をしています。『情熱大陸』(毎日放送)や『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)のような、いわゆる人物密着スタイルが得意です。バンダイナムコアーツ(当時はバンダイビジュアル)の菊川裕之プロデューサーの発案で、富野由悠季監督の仕事ぶりをドキュメンタリー映像にするという企画が持ち上がり、私がディレクターとして取材・撮影をすることになりました。
2014年に始まった撮影は、2022年現在も継続中で、折を見てBlu-ray・DVDコンテンツとしてドキュメンタリー映像を発表しています。最新作『富野由悠季の世界 Film works entrusted to the future』では、2019年から全国8カ所の美術館で開かれた大型展覧会「富野由悠季の世界」が作られていく舞台裏に密着しました。
この展覧会プロジェクトの質を高めるため、富野監督はどのような手を打ったのでしょうか?
「平均の在廊時間がこんなに長い展覧会は記憶にない」
2021年の春、「富野由悠季の世界」展(通称「富野展」)は青森県立美術館に場所を移して開催されていました。「富野展」を追って青森空港に降り立った私の心中は複雑でした。
羽田空港から搭乗した飛行機はガラガラで空席ばかり。青森空港のタクシー乗り場も閑散としていました。乗り込んで「県立美術館まで」と告げると、初老の運転手は驚きの声。「このご時世にわざわざ美術展なんて行くの?」。
30分ほど国道を走り青森県立美術館に到着したものの、案の定、人の入りはまばらでした。私は、展示物を見る前にまずは来館者の動きを観察しようと決めました。
客層は20代から60代までと幅広く、男女比は7対3くらい。特徴的なのは、どの見学者も滞在時間がとても長いことでした。じっと展示物に見入り、熱心にメモをとる人が多いのです。各部屋の隅にいる係員にそっと「みなさん時間をかけて見学されていますね」と声をかけると、「私たちも驚いています。平均の在廊時間がこんなに長い展覧会はちょっと記憶にありません」との返答でした。
あらためて調べてみると、この傾向は青森だけでなく、福岡、兵庫、島根、静岡、富山……全国で共通していたそうです。さらに展覧会の人気を測るバロメーターであるカタログ(図録)は、4000円という高額であったにもかかわらず、4刷まで重版するという異例の反響でした。学芸員からの情報によると全来場者数に対して図録購入者がどれくらいいたかを測る「図録購入率」は、約10%。「ゴッホ展」のような著名画家の展覧会でも、購入率はおおむね4~5%らしいので「富野展」の人気がうかがえます。
「富野由悠季の世界」展は、コロナ禍という圧倒的に不利な状況下で奮闘していたのです。