成長するにつれ「できるかどうか」で考えがち

【田中】お話を整理すると「大丈夫の試金石」には自然的なものと人為的なものがある。人為的なものはほとんど、自分がやったことの結果なので、反省して改めるべきだと渋沢栄一は言っています。さらにその中で、渋沢さんがかねてから重要視されてきたのは、「こうしたい、ああしたい」という気持ちだということですね。

縦軸が「やりたいかどうか」、横軸が「できるかどうか」というマトリクスで考えると、理想的なのは「やりたい×できる」が合わさることです。それが天命かもしれないですが、なかなかそこが重なることは難しい。その上で、やりたいということが大切だとおっしゃっている。渋沢さんが、やりたいことを大切にされてきたことに、何か原点はあるのでしょうか?

【渋沢】なんでしょうねえ……。

【田中】「やりたい」「できる」「やらねば」。よくこの3つが重なるところに、ミッションがあると言われます。まずはできることからやろうという主張をする方もいらっしゃいますが、その中で渋沢さんが特徴的なのは「やりたい」ということを重視されている点だと思います。

【渋沢】できていないことばかりですが、自分がやりたいと思う理想や、目指すところはあります。「青天を衝け」とはやりたいことに手を伸ばすことですよね。私たちは生まれた瞬間には、「できる、できない」の軸は持っていません。それでも言葉も発することもできない生まれた瞬間から「やりたいこと、やりたくないこと」をすぐに体で表現しようとします。

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「やりたいかどうか」で未来志向につなげる

しかししつけや教育、社会に出ることで「何ができるか、できないか」の存在はどんどん大きくなる。そうなると、もとの「やりたい、やりたくない」の軸がどんどん小さくなってしまう。人生は短いですから、「何ができるか、できないか」ということだけに囚われると、できない方が圧倒的に多いと考えてしまう。だからこそ、常にやりたいことのベクトルが立っていることが大切だと思っています。その方が未来志向になれる。

「できる、できない」の軸では現状維持になってしまいますが、「やりたい」という軸で考えると、自分の成長や新たな出会いが生まれてくる。例えば、私は以前、インタビューに答えたり人前で話すことができませんでした。

20代の頃は、自分はそういう人ではないと思っていました。でも人前で話せるといいなと思っていて、気がついたら今はほぼ毎日、人前で話しています。自分の限界を自分で決めるのではなく、自分は何がやりたいのか、成し遂げたいのかなど、問いかけを続けることは大切だと思います。