人や社会の関係から成る「人為的な逆境」の乗り越え方
【田中】「挫折」を言い換えると「逆境」と言えるかもしれないですね。渋沢栄一の著した『論語と算盤』の中で私は「大丈夫の試金石」という言葉が一番好きです。
私自身は日本の銀行からキャリアをスタートして外資系の銀行・証券に移り、独立をして、今では大学の教員も務めています。これまで3回ほど大きなキャリアシフトを重ねてきましたが、そのたびに振り返ってきたのが『論語と算盤』の中にある「大丈夫の試金石」という言葉です。
キャリアシフトするにあたって、やる前は本当に成功できるかどうかはわかりません。しかし、実際にベストを尽くしてやってみて、もし駄目だったら、「自分の天命はそこまでのものではなかった」と覚悟を決めればいいと挑戦してきました。それが大きな決断をするときの私の信条であり、試金石となっていたわけです。渋沢さんにとって、『論語と算盤』の中で最も信条とされている内容はどこでしょうか?
【渋沢】「大丈夫の試金石」については、私も同じように思うことがあります。逆境には「自然的な逆境」と「人為的な逆境」があります。「自然的な逆境」とは台風や地震などですが、これらに対しては「足るを知る」などの昔からの考え方がある。やることはやるけれども、最後は天命に任せるしかない。それが「自然的な逆境」への対処です。
私が面白いと思ったのは「人為的な逆境」についてです。「人為的な逆境」とは人と人との関係、人と社会との関係などです。この逆境にあった時、渋沢栄一は「こうしたい、ああしたい」という心構えを持つべきだと言っています。「自分は何ができるのか? できないのか?」という軸ではなく、「こうしたい、ああしたい」という軸で考えるべきだということです。
「できるかどうか」ではなく「やりたいかどうか」
そう考えたときに、自分のやりたいことができるポジションにいるのであればベストです。できないこと、やりたくないことは捨ててもいい。問題なのは、できるけれどもやりたくないことです。職場にそういった人がいたら改善しなければいけません。
こう考えたときに、私たちの多くは、やりたいことがたくさんあっても時間やお金、経験がないからできない、制限があるからできないと、できない理由を語りがちです。「自分は何ができるのか? できないのか?」の軸で考えるとできないことばかりになり、やりたかったこともやりたくない方に沈んでしまいます。
渋沢栄一の言う「こうしたい、ああしたい」という気持ちというのは、常にやりたいというベクトルが立っていることです。できなかったことがすぐにできるようになる、ということでは当然ありません。渋沢栄一の人生を見ても、すぐになんでもできたわけではありません。けれどもそこでさまよいながら、いずれできる方にシフトする可能性が残されているということだと思っていて、この考え方はすごく大事だと思います。