中国政府が重んじている要素が詰め込まれている
一方、そのアイデアが生まれる過程では、タンフールー(糖葫蘆)というお菓子のイメージも影響したという。タンフールーは中国北方を象徴する庶民のお菓子で、赤くてまん丸なサンザシの実をだんごや焼き鳥のように串に刺し、表面に水あめをかけて固めたものである。
口にするとパリッとした透明の殻の内側から甘酸っぱく淡白な果肉が現れ、素朴ながら非常においしい。デザインチームはさまざまな「具材」を検討した末、パンダに水あめをかけることに決めたようである。中国中央テレビ(CCTV)では、ビン・ドゥンドゥンは中国の「伝統」も象徴しているのだと関連づけて、タンフールーを紹介する短い番組も製作された。
古い話で恐縮だが、筆者には15年ほど前に真冬の北京で見た忘れられない光景がある。氷点下の気温が続き、大きな湖が厚く凍ると、どこからか貸靴屋が現れ天然のスケートリンクとなる。そこに集まった現地の子どもや若者たちが、タンフールーの長い串を片手にスケートを楽しんでいたのである。なんと危険な遊びをするのかと当時は仰天したが、北京に暮らす人々にとってはそれらすべてが冬の風物詩だったのだろう。
以上のように、ビン・ドゥンドゥンには「外国からの好感」、「先進的な科学技術」、「伝統的な庶民生活」といった、現在の中国政府が「重んじている」ことを内外に印象づけたいさまざまな価値が、幾重にも盛り込まれていたと見ることができる。
受け身の宣伝戦術から積極的な価値の発信へ
さらに、政府当局の意向はビン・ドゥンドゥン本体だけでなく、その人気を報じるニュースにも色濃く反映されている。官製メディアに掲載された記事のなかには、ビン・ドゥンドゥングッズの品薄状態は誇らしいことであるとした上で、転売屋を儲けさせることのないよう中国の製造業の実力を信じるよう訴えるものや、ニセモノが厳しく取り締まられることを周知する文脈で、知的財産権保護のための法整備が進んでいることを強調するものなどが見られる。
これらの論調には、中国政府の取り組みや成果を肯定的なものとして内外に印象づける意図が込められているだろう。とりわけ中国国内においては、自分の所属する共同体は素晴らしいものであってほしい、と願う多くの人々の感情をくすぐるのに成功したのではないか。
かつてのパンダ外交は、「外国人がパンダをどう見ているか」を強く意識した、多分に受け身の宣伝戦術という面があった。しかし、今日のビン・ドゥンドゥン現象からも見て取れるように、中国政府はいまや自ら積極的にパンダの価値を規定し、発信を強めている。