山田はその後もビートルズについての情報収集を怠ることはなく、手に入れた情報は警備担当の警察官たちに即座に伝達した。公演当日までに二十数回も警備会議を重ね、さらにはイギリスへの照会や海外での警備プランを手に入れる努力もした。出席者のなかには「たかが不良の音楽会にどうしてここまで」と疑問を感じるものもいたが、山田はそのたびに「少女の覚悟」について話をし、上層部からの指示を守るのが吏としての務めであると訓示した。

ある会議の席上、レコードプレーヤーと一枚のレコードが用意された。エレキサウンドに「イエー、イエー、イエー」とかん高いコーラスがダブるビートルズの歌声が会議室に流れたのだが、出席者たちは咳ひとつせず、神妙な表情で音楽に耳を傾けた。それはとても不思議な風景ではあったが、出席していた警察官たちは真剣であった。武道館が戦場になる以上、少しでも敵を知るためにはすませておかなくてはならない大切な儀式のひとつだったからである。

会場内管理のため消防も出動

ビートルズ来日公演の警備は警視庁が一手に引き受けたわけではない。

映画館や劇場、またはホテルへ行くと、丸に「適」と書かれたマークが貼ってある。あれは消防署が決めた防災の適合基準に合格し、しかも防火管理体制が整っている施設に対してだけ交付するマークであり、その証書をよく見ると各地域の消防署名が記載されている。つまり、劇場のような公衆集会所の場内管理は警察ではなく消防の業務となっているのだ。警察は主に場外を担当し、場内に着手する時は犯罪行為があった時に限られている。

ビートルズ公演の時は警備の規模が大きかったこと、またビートルズの4人をガードする警察官が同行していたせいもあり、警察が日本武道館のなかにまで入ってきた。しかし公共の警備の場合、基本はあくまで場外が警察、内部は消防が担当することになっているのだ。

「まあ、警察も消防もある時期までは同じ内務省に所属していましたから」

と語るのは当時、日本武道館を管轄していた麹町消防署の予防課長、新井覺である。新井はビートルズ公演の責任者として現場の指揮をとった。クラシック音楽が好きだった彼は、警備の担当者になるまでビートルズの音楽など一度も聴いたことはなかった。そもそも彼が想像できた音楽会というのは日本武道館のような広い場所で行われるものではなかった。