テレワークが健康確保と労災補償に不利に働くおそれ
労働時間には、別の役割もある。
労働安全衛生法は、労働時間を基準として、健康確保の措置を講じることを会社に義務づけている。具体的には、1週40時間を超える労働時間の合計が月に80時間を超えていて、疲労の蓄積が認められる労働者が申し出れば、会社は産業医の面接指導を受けさせなければならない。会社は、その結果を聴いて、必要と判断すれば、勤務の軽減措置などを講じることとされている。
また過労による典型的な疾病である脳・心臓疾患(脳梗塞、くも膜下出血、心筋梗塞など)を発症したとき、これが労災に該当するかの認定でも、労働時間は重要な役割を担う。
一般に、脳・心臓疾患は本人の基礎疾患がベースにあり、必ずしも業務による疾病とはいえないので、労災かどうかの認定は簡単ではない。ただ発症前1カ月において1週40時間を超える労働時間が100時間(または2~6カ月の平均が80時間)を超えていれば、その発症と業務との関連性が強いとされ、労災と認定されやすくなる。この時間数は「過労死ライン」とも呼ばれる。労災と認定されると、政府から労災保険の給付を受けられるし、労災保険でカバーされない損害分は会社に賠償請求することも可能だ。
ところが、労働時間の測定が難しいテレワークでは、上記のような産業医の面接指導を受けられなかったり、発症後に労災と認定されなかったりするおそれが高まる。つまり予防の面でも補償の面でも、社員に不利となる可能性があるのだ。
労働時間の管理が難しい働き方の人をどうするか
実は労働基準法は、労働時間の管理に適さない働き方があることも想定している。例えば、一定の専門性の高い業務(その範囲については、「専門業務型裁量労働制」を参照)や「企画・立案・調査・分析」業務は、その業務の遂行において労働者本人に大幅に裁量が与えられていることが多い。
これは工場での拘束的な労働とはまったく異なる働き方だ。そのため、労働時間を測定して管理するのに適さないので、労使間で労働時間はあらかじめ決めてしまうという簡便な方法がとられる。これを裁量労働制という。
1日8時間と決められれば、実際に何時間働こうが、時間外労働はないことになり、割増賃金は発生しない。ただ、こうした業務では、給料は成果型となることが想定されている。長時間労働に対する報い(割増賃金)はなくても、成果に応じて本来の給料(基本給)で報われるならば、それでよいということだ。これは、専門性の高い業務などで働く労働者のニーズにも合う。
裁量労働制はテレワークで勤務する人にも適用可能だし、むしろ裁量労働制の適用対象になるような人こそ、テレワークに向いていると言える。ただ、裁量労働制は、会社が割増賃金の支払義務を免れるために濫用するおそれがあるので、法律で適用対象者や対象業務が限定されているし、導入のための手続も厳格だ。裁量労働制の適用対象にされた社員は、その取り扱いが法律の要件を充足したものであるか確認したほうがいい。
なお、働き方改革で新たに導入された高度プロフェッショナル制度の適用対象者は、割増賃金を請求する権利が否定されているが、年収1075万円以上の人だけが対象で、金融商品開発などの業種に限定され、導入手続が厳格なので、多くの労働者には無縁の制度だろう。