「強面のお客様をちょっとだけ笑わせてみよう」

そうした「廃炉の現場」で働く一人として黒澤が必要としたのは、自らの仕事に徹底して前向きに取り組む姿勢だった。

「強面でちょっと怖そうなお客様が来たら、よし、この人をちょっとだけ笑わせよう、っていつも思っていました」

と、彼は振り返る。

例えば、ぶっきらぼうに煙草の銘柄の番号を言われた際、あえて2箱を渡してみる。「2個じゃないよ、1つでいいんだ」というちょっとした会話から、コミュニケーションのきっかけを作っては相手の顔を覚えた。

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「ここに来るお客様は、いわば全員が常連客です。だから、顔を覚えていれば、次からは煙草の銘柄も言われる前に出せる。どうにかしてここを楽しく、一生懸命仕事に取り組める場所にしたい、とずっと考えてきました」

店で働いていると、様々な客が来店する。ふて腐れた態度の客もいれば、理不尽な怒りをぶつけられることもある。だが、そこで気持ちを落ち込ませてしまったら、ただでさえ暗い雰囲気のこの場所がもっと暗くなってしまう──。

「だから、それならいっそ『喜ばせようぜ』『楽しくやろうぜ』って五人のスタッフにはいつも言ってきました。そうやって場数を踏んでいるうちに、だんだんと仕事にも慣れてきた。

何より私自身が率先して明るく振る舞っていると、全体のテンションが上がってお客様への対応もよくなっていくんですよね」

「伸びしろがあれば仕事にやりがいを感じる」

大型休憩所に食堂が整備されたいまは、構内の雰囲気も以前とは比べものにならないほど穏やかになった、と彼は感じている。「またね」「この新しいコーヒーいいね」といったちょっとしたやり取りも多くなり、働いていて嬉しいと思える瞬間も増えた。

稲泉連『廃炉 「敗北の現場」で働く誇り』(新潮社)

「やっぱり食べ物の恨みは怖いものですから」

と、彼は再び笑う。

店では食堂との競合を避けるため、弁当は基本的に置いていない。だが、最近はミニサイズの冷やし中華や寿司といった軽食を増やしている。店内調理やカウンターコーヒーも導入し、品ぞろえを路面店に近づけるのが当面の彼の目標だ。

「顔なじみの人たちが増えていくに連れて、自分たちも廃炉の現場で働く仲間の一員なんだという気持ちが生まれてきました。私には福島を復興させることはできないけれど、ここに少しでも居心地の良い場所を作る努力はできる。まだ店に伸びしろがあると思うと、仕事にやりがいを感じるんです」

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