日本政府と東京電力は隠蔽グセがある

東京電力(以下、東電)福島第一原発の「ALPSアルプス処理水」(以下、処理水)を海洋放出したことで、日本政府は自国を大変なところに追い込んでいる。

福島第一原子力発電所
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私はかつて、マサチューセッツ工科大学などで原子力工学を学び、原子炉の設計を仕事にしていた。原子力の専門家として誤解のないように言っておくが、今回の海洋放出で人体に健康被害が起きるとは考えていない。ただ、海洋放出に至る過程で、日本は中国との間に無用な軋轢あつれきを生んでしまった。

8月24日に海洋放出が始まった処理水を、中国は「核汚染水」と呼び、猛烈に反発している。中国は日本への対抗措置として、同日付で日本産水産物の全面輸入禁止に踏み切った。中国側の呼称に釣られたのか、8月31日には野村哲郎農林水産大臣(当時)が取材中に処理水を「汚染水」と発言し、謝罪に追い込まれた。辞任には至らず、岸田文雄首相も更迭こうてつこそしなかったが、9月の内閣改造では案の定外された。

実は、中国と農水大臣が使った「汚染水」という表現は、何一つ間違っていない。海洋放出されたのは、紛れもなく核汚染水であるからだ。事実を言った農水大臣を猛バッシングする様子は、太平洋戦争中に反戦思想の持ち主を「非国民」と呼んだ、異常な雰囲気に通じるものがある。

海洋放出しているのは汚染水ではなく、あくまでも処理水だと主張する人々は、その根拠としてトリチウム(三重水素)の排出量をあげる。福島第一原発の処理水を海洋放出する際のトリチウム排出量は、年間22兆ベクレル未満だ。それに対して、韓国の古里原発は49兆ベクレル、中国の陽江原発は112兆ベクレルと、福島第一原発の処理水を大きく上回る水準でトリチウムを排出している。フランスのラ・アーグ再処理施設に至っては年間1京ベクレルである。それらに比べれば処理水は汚染されておらず、福島第一原発だけをやり玉に挙げて汚染水と呼ぶのは間違い、というわけだ。

ただ、実際はトリチウムなんてどうでもよく、どれだけ排出しようが、海に放出して薄めれば健康被害は起きない。たしかに、濃いトリチウムを恒常的に体内に取り込むのは危険だ。しかし、トリチウムは体内に取り込んでも尿や便などと一緒に排出されるので、すぐに内部被ばくは起きない。だから世界の原発は、大量のトリチウムを海に流している。したがって、トリチウムの排出量を「汚染度」の指標として使うのはナンセンスということだ。