「暴力団に入るメリットがなくなった」

種類を整理する半グレという用語が定着したのは、前述の溝口敦氏が、新書『暴力団』を著し、半グレについて言及した2011年頃からではないかと考えます。溝口氏は、同書の「第六章代替勢力『半グレ集団』とは?」において、次のように解説しています。

「(半グレが暴力団から距離を置く)一番の理由は暴力団に入るメリットがなくなったからです。若い暴力団組員が貧しくなり、格好よくなくなりました。暴走族を惹きつける吸引力をなくしています。暴走族としても、今さら暴力団の組員になっても、先輩の組員がああいう状態では、と二の足を踏みます……暴力団に入ると不利なことばかりですから、わざわざ組員になって、苦労する気になれません。それより暴走族時代のまま、『先輩─後輩』関係を続けていた方が気楽だし、楽しいと考えます。

彼らがやっているシノギは何かというと、たいていのメンバーが振り込め詐欺やヤミ金、貧困ビジネスを手掛け、また解体工事や産廃の運搬業などに従っています。才覚のある者はクラブの雇われ社長をやったり、芸能プロダクションや出会い系サイトを営んだりもしています。こういうシノギに暴力団の後ろ盾がある場合もあるし、ない場合もあります。ですが、ほとんどのメンバーはない方を選びます。下手に暴力団を近づけると、お金を毟られるだけですから、できるだけ近づけたくないのです」

時代の流れの中で変わりゆく半グレの姿

この本を溝口氏が執筆していたと思われる時期、すなわち、2010年11月には、市川海老蔵暴行事件が西麻布で発生しました。実行犯は関東連合と呼ばれる半グレ集団です。彼らは、東京の六本木に活動拠点を置く、暴走族・関東連合のOBで、そのまま「関東連合」を名乗っていました。この事件以降、半グレも暴力団なの? というような感じで、世間の注目が集まりました。その世間の疑問に答えたのが、溝口敦氏の『暴力団』だったのです。

この半グレ、以降、勢力を伸長させ、様々な問題を起こしています。筆者が2014年に助成金をもらって、暴力団離脱者の研究を行った時も、関西で様々な半グレと袖振り合いました。そして、2018年から19年にかけて、福岡県更生保護就労支援事業所の所長として老若男女の刑余者と接した経験から、時代の流れの中で、半グレが、溝口氏が紹介した当時の姿とは微妙に異なってきているのではないかという疑問を有するに至りました。以下、筆者が感じた現在の半グレにつき、少し稿を割きたいと思います。