万単位を預けた「大規模収蔵作家」にはさいとう・たかを氏(『ゴルゴ13』)、浦沢直樹氏(『YAWARA!』『20世紀少年』)、東村アキコ氏(『海月姫』)、能條純一氏(『月下の棋士』)、小島剛夕氏(『子連れ狼』)、風刺マンガのやくみつる氏、秋田県出身の倉田よしみ氏(『味いちもんめ』)、高橋よしひろ氏(『銀牙―流れ星銀―』)など10人が名を連ねている。

撮影=筆者
増田まんが美術館では、数万枚単位の原画を預けているマンガ家の作品が紹介されている

矢口氏は秋田県出身の倉田氏、高橋氏、そしてきくち正太氏(『おせん』)とともに私費を投じてまんが美術館の運営財団を設立し、企画運営を指揮していた。原画保存は、紙が酸化しないよう、中性紙で厳重にくるむ現物保存と、専用機器によるデジタルデータへの取り込みとの2本立てで文化庁の支援を得ている。館内でその様子や、原画の実物を見ることができる。

原画は最大70万点の収蔵が可能で、湿度と温度を保った、銀行の金庫のようなアーカイブルームがある。「売店では三平くんのシャツやグッズが凄く売れているらしい」と生前の矢口氏は顔をほころばせていた。

きっかけは愛娘の死

原画は、いまはデジタルによる作画が増えているが、矢口氏を始めとするベテラン作家はアシスタントを使い手作業で描いてきた。ヒット作があるほど量は膨大だ。

美術館の2階にある釣りキチ三平のステンドグラス(撮影=筆者)

収蔵場所がなくて扱いに困り、捨てたりファンに安く譲ったりというケースが散見されていた。次第に「クールジャパン」としてマンガの文化的地位が上がるにつれ、オークションでマニアに高値で取引されるケースが出てくる。

2018年5月には手塚治虫の『鉄腕アトム』の原画が、パリで約27万ユーロ(約3500万円)で落札された。取引対象となれば、相続税が課せられる可能性もある。青年誌に長期連載を持つマンガ家は「量が多いので万が一、相続税がかかったら天文学的な数字になり、家族に迷惑がかかる」と嘆く。美術館などに寄贈すれば課税対象から外れるため、まんが美術館への寄贈を「真剣に検討中」という。

矢口氏が原画保存に取り組んだきっかけは、長女の由美さんの死だった。著作権と原画の管理を委ねようしていた由美さんが2012年、長い闘病の末に死去、相次いで自分に病気も見つかって気力と体力を失い、筆を折ってしまう。アトリエをたたみ、東京・自由が丘の自宅で隠遁生活を送るうち、原画の将来を、江戸時代のマンガで、海外に散逸した浮世絵の運命と重ね合わせるようになる。

「僕が死んだら、原画を引き継いでくれる親族がいない。苦労してマンガ家になり、心血を注いだ原画が散逸しかねない状況にある。信頼できる施設に預けられれば安心だ。増田まんが美術館にはその拠点になってもらいたい」

撮影=筆者
美術館のリニューアル初日は大勢のファンが詰めかけた(2019年5月1日)