世界で人気を集める日本のマンガ。その原画を守り、後世に伝えようと奮闘した男がいた。『釣りキチ三平』の著者、矢口高雄氏だ。故郷の秋田県では、横手市増田まんが美術館の設立に尽力。これまで40万点の原画を収集してきた。『釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝』(世界文化社)を出した藤澤志穂子氏が解説する――。
自宅の玄関に立つ矢口高雄さん
撮影=筆者
自宅の玄関に立つ矢口高雄さん(2020年1月)

マンガ家・矢口高雄が憂いた「原画」の行く末

私の手元には『釣りキチ三平』生みの親で、昨年11月にすい臓がんにより81歳で死去したマンガ家の矢口高雄氏から送られた絵ハガキが何枚かある。

矢口氏はスマホもパソコンも使わないアナログ人間で、イラストを印刷した何種類かの絵ハガキにメッセージを書いてよく送ってくれた。最後のメッセージは、「三平くん」が渓流で魚を釣り上げるイラストの余白にギッシリ書き込まれていた。

私は全国紙の秋田支局長として2016年に当地に赴任、秋田出身の矢口氏に関心を持ち、評伝の取材を重ねていた。メッセージは「無事に刊行できますことを、首を長くして待っています」と締めくくられていた。

図らずも作業は遅れ評伝『釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝』(世界文化社)の刊行は逝去直後の昨年12月となってしまう。生前に間に合わなかったことは悔やんでも悔やみきれない。今ごろ天国で、苦笑しながら本書を読んでくれているだろうか。

ゴルゴ13、YAWARA!、釣りキチ三平……原画を所蔵する美術館

矢口氏が本書で最も伝えたかったのは、晩年に力を入れていた郷里の横手市増田まんが美術館(秋田県)における、マンガの原画保存をめぐる活動だったと私は思う。

JR十文字駅のパネル
撮影=筆者
増田まんが美術館の最寄り駅であるJR奥羽本線の十文字駅には、釣りキチ三平の「看板」がある

もとは矢口氏が故郷の旧増田町に働きかけて1995年に設立された美術館で、その後の大規模改装により2019年5月にリニューアルオープンした。

原画保存とその利活用を担う国内唯一の美術館となり、2020年には文化庁が相談窓口に指定。同年末までに矢口氏の全作品4万2千点のほか、約180人のマンガ家の約40万点の原画を収蔵した。