「オブラート」が薄すぎたナイキのCM

しかし、インサイトは「使用注意」な道具でもある。あまり直接的な言葉でインサイトを突くと、人は怒りを覚えるからだ。

たとえば、本音(インサイト)では「世間体のために結婚したい」人がいたとしよう。その方へ「この結婚式場なら親御さんもお喜びになりますよ」は的確に刺さるはずだ。親の目こそ、世間体を表す一番の鏡だからである。

だが、代わりに「世間体を気にするならここ! 友達にも自慢できる!」と言われたらどうか。「私はそんなつもりじゃない」と怒りを招くのではないだろうか。インサイトは本音だからこそ、オブラートに包んで伝えなくてはならない。

写真=iStock.com/NickS
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そして、ナイキのCMはオブラートが薄すぎた……というのが私の見方である。もし同じCMでも「知っていましたか、日本にはまだ差別があることを。こんなふうに自分の子どもがいじめられていたら、あなたはどう感じますか」と遠回しに伝えられていたら、怒りの声は少なかっただろう。

しかし、ナイキは「あなたも差別者だ」と視聴者を刺した。その結果、自分は差別などするはずがない、と信じたい一部の人たちの怒りを招く結果となった。

ナイキのターゲット選定は正しかった。DHCの例が示す通り、日本に差別があるのも事実だ。ただし、「あなたは差別をしている」と、指摘されたい人はいない。そこまでが日本人のインサイトであったにもかかわらず、ナイキのコミュニケーションはその点への配慮はなかった。結果的に、ナイキは既存の顧客の一部を失ったかもしれない。

それでもナイキのCMが日本では最先端な理由

ナイキのCMは日本市場において最先端でもあった。なぜなら「差別をするような消費者は、われわれの顧客ではない」と明確に示したからだ。

日本では顧客を失うことを恐れるあまり「誰にでも受ける」ことを意識しがちだ。しかし、誰にでも受ける広告は、得てして誰にも刺さらないものになる。ナイキのCMは一部から反感を招いたが、逆に反差別意識を持つ顧客をファンにした。

ナイキは以前にも同様の反差別キャンペーンを展開している。WWD JAPANによると24時間で4300万ドル(約47億5000万円)のメディア露出価値を得た(※)。今回もおそらくは、日本で大きな露出価値を獲得できたはずだ。

新たなファンが他のブランドからナイキに乗り換えることで、ナイキは顧客の人生で購入するスポーツウエアの金額分だけ、1つのCMで稼いだことになる。CMの費用対効果としては、十分すぎるほどだろう。

ナイキのCMは炎上してしまったが、反差別という明確なメッセージを消費者に伝えることでブランドイメージを補強することに貢献したのである。

(※)ナイキのコリン・キャパニックを起用した“炎上”広告が、広告誌の最優秀賞を受賞