なぜ中国共産党は「一つの中国」にこだわるのか。『「中国」の形成 現代への展望』(岩波新書)を出した京都府立大学の岡本隆司教授は「そのこだわりを理解するためには、『中華民族』という概念を紐解く必要がある」という——。
習近平氏が連呼した「中華民族」の意味
近日来、世はコロナ禍と米国大統領選のニュースばかり。中国はいずれにも超然とした姿勢で臨んでいたためか、やや平穏な印象もある。それでもやはり目を離せない存在であって、以下の報道は旧聞に属するかもしれない。
首都・北京で9月25日から二日間、第三回中央新疆工作座談会が開かれ、共産党・政府の最高幹部が出席した。新疆ウイグル自治区は「人権問題」で、あらためて国際的に注目の的になっている。そんななか、くだんの座談会で習近平党総書記が演説した内容は、どうやら見のがしがたい。
新疆の経済発展や社会管理で推し進めた政策の成功を自画自賛する趣旨に、目新しい点は少ない。眼を惹いたのは、その政策を支える理念・イデオロギーの連呼だった。
いわゆる「中華民族」である。新疆の「各民族」が「中華民族」の「成員」であることを、これでもか、これでもかと強調し、そのためにはかるべき「工作」を「中華民族共同体意識の教育」と断じた。だとすれば「中華民族」の「共同体意識」は、少なくとも新疆のウイグル族には、これまで存在せず「教育」しなければならないものだというわけで、事実まったくそのとおりなのだろう。
そもそも「中華民族」とは何か。この術語概念はそれなりに歴史を経てきたものであり、関連する概況は、筆者も拙著『「中国」の形成』(岩波新書「シリーズ 中国の歴史」第5巻)でつぶさに論じたことがある。短くとっても百年、長くとれば四百年の履歴になるから、ことばの内実・用法が一定していたわけではない。