看護師の6割が院内暴力を経験している
私が労災に認定されるような傷害を病院内で受けたのはあの一度だけでしたが、水をかけられる、蹴り飛ばされる、噛みつかれる、爪を立てられるといった直接的な暴力は仕事の中でそう珍しいものではありません。
「看護師ごときが」「女のクセに」「馬鹿野郎が」と大きな声で罵倒されることや、抱き着かれたり、「一緒に寝ようよ」と腕を掴まれてベッドに引きずり込まれそうになるセクシュアルハラスメントは、身体的な攻撃以上に日常茶飯事です。
私と同じ看護師の友人は、患者さんに噛まれた傷が細菌感染を起こし、彼女自身の入院を余儀なくされました。
日本では、精神科病院を中心にCVPPP(*1)(Comprehensive Violence Prevention and Protection Programme:包括的暴力防止プログラム、攻撃的な患者に対してケアとしていかに適切に関わるかという視点から構成された、暴力発生の予防から事態が起こった後に必要なフォローまでの系統的かつ包括的なプログラム)の教育がはじめられてはいるものの、現場に広まっているとはいえない状況です。
日本看護協会が2017年に実施した看護師の労働実態調査では、6割近くの看護師が、この1年間で患者から言語的、身体的な暴力を受けた経験が「ある」と回答し(*2)、特定の県や病院を対象とした調査でも同様に、看護師の6割以上が暴力被害を経験しています(*3 *4)。
英国の職種別暴力被害率でも、被害率1位の「警察官、消防士、刑務所職員」に次ぎ、看護師は2番目に暴力を受けやすい職種として挙がっており(*5)、被害の深刻さが読み取れます。
自覚なく暴力をふるってしまう場合も
病院内で起こる患者さんから看護師への暴力行為について、私は、意識障害の一種であるせん妄と、意識障害を伴わない、入院の日々でのストレスや社会的な背景を伴った暴力に分けて考えています。
せん妄は、身体疾患や生活環境の変化によるストレス、薬剤投与等の複合的な要因によって出現する、見当識障害や知覚障害(錯覚、誤解、幻覚等)、思考錯乱、記憶障害、注意障害、情緒障害(不安、恐怖、怒り等)、判断力の低下などを特徴とする脳の機能障害のひとつです(*6)。
ICUにおけるせん妄の発症率は80%以上という報告もあり、私が働く一般病棟でも非常によく目にする症状で、治療や看護援助への参加拒否など、回復を妨げる要因となります。
先のエピソードで、山本さんが暴力を振るったのはせん妄の症状でした。せん妄は一過性の意識障害として起きることが多く、発現の仕方は様々です。
山本さんの場合、暴力行為はその後一度もなく、後日この暴力の件について医師が本人に話を聞いたところ、「全く覚えていない」とのことで、本当にそんなことをしてしまったのかと、この件において一番ショックを受けていたのは山本さん本人でした。