無意識に自分を責めてしまう

バタバタと足音がして、数人の看護師が病室に駆け込んできました。すぐに山本さんは私から引きがされましたが、私はうまく足に力が入らず、同僚に引きずられるようにして廊下に出ました。

女性看護師
写真=iStock.com/alvarez
※写真はイメージです

「お前ら訴えてやるぞ!」という山本さんの罵声と、「先生呼んで!」という上司の鋭い声が聞こえました。廊下で座り込む私を、別の患者さんの家族が怯えた顔で見ているのがちらりと視界に入り、みんなそんなに騒いじゃだめでしょう、患者さんはひとりじゃないんだからと言おうとしましたが、空気が喉につかえてうまく言葉になりませんでした。

それから、私は車椅子に乗せられ、医師に痛みの場所を答えつつ、「すいません。みんな忙しいのにすいません。ほんとすいません」とひたすら謝り続けながら検査を受けました。

幸い骨にも脳にも異常はありませんでした。とはいえベッド柵が直撃した左頬は化粧で隠せないほどに大きな内出血となり、私は2週間近くにわたってプライベートの全ての予定をキャンセルしました。

検査の後に師長から状況の詳細を訊かれ、できるだけ淡々と、時系列順に事務的に話しました。「お騒がせしてすいませんでした」という私の話を聞き終えた師長の一言目は、「怖い思いしたね」で、私はそこまできてようやく、そうかこれは私のミスとして扱われるわけじゃないのか、怖いって思っても良い場面だったのか、と状況と思考が一致しました。

状況が少しでも違ったら…

今日はもう山本さんの病室には行かなくて良いから、という上司の厚意に甘えて受け持ちを引き継ぎ、その日の仕事が終わって、大部屋から個室に移された山本さんの病室をちらりと覗くと、山本さんは鎮静剤を投与されて白い布製のベルトで身体をベッドにくくり付けられ、ぼんやりと天井を眺めていました。

人手のある日勤帯での出来事でした。廊下を通った同僚と上司が山本さんの怒鳴り声を聞きつけて病室に入ったタイミングで私が暴力を受けていた、と後に聞きました。

もしこれが、看護師3人しかいない夜勤だったら、あるいはナースステーションから遠い、物音が誰にも届かない個室だったら、私は無事ではなかったかもしれません。