しかし、ここに来て、その「常識」が覆された。米国がアルテミス計画を開始したことで、日米協力を重視する日本にとっても、有人月探査は重要テーマになった。来年度予算の概算要求にはそれが顕著に表れている。宇宙予算の要求額は、例年の1.5倍の約5400億円に膨れあがり、月探査関係は、前年の10倍以上の約810億円にのぼった。

「月に滞在、さらに火星へ」驚きの計画

トランプ大統領のこだわりは、再び月に宇宙飛行士を送り込むことにある。2024年に2人の宇宙飛行士を月面に立たせ、そのうち1人は女性だと発言している。アポロ計画で月へ行った飛行士はすべて男性。初めて女性を月に送ることで、女性活躍をアピールしようと考えているようだ。

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アルテミス計画では、月だけでなく、さらに先の計画も描かれている。月面に飛行士を送り込んだ後、月面基地を造り、そこを拠点に2030年代に火星へ飛行士を送るという壮大なものだ。アポロ計画は月へ行き、地球に戻ってくる往復飛行だったが、アルテミス計画は月に継続的に滞在し、さらに火星へ進出するというわけだ。

もちろんそんな計画を進めるとなると巨額の費用がかかる。NASAが公表した試算では、2021年度から25年度までにかかる費用だけでも280億ドル(約3兆円)にのぼる。この期間中に宇宙飛行士2人が月へ行くと見込んでいるが、さらに月面基地建設、火星への飛行、となると、どれだけ費用がかかるか分からない。コロナ下の厳しい経済情勢、広がる貧富の格差。こんな社会情勢の中で、米国民の支持を得るのは難しい。

こだわる背景は「中国には負けたくない」

ではなぜ、トランプ大統領は月や火星に執着するのだろうか。二つ大きな理由がある。一つは中国との覇権争いだ。中国は、2003年に人を宇宙へ送り出すことに成功し、旧ソ連、米国に次いで宇宙へ人を送り出した世界3番目の国となった。その後も着々と独自に宇宙開発を進めている。月探査についても、2019年に世界で初めて月の裏側に探査機を着陸させることに成功しており、いずれ月へ飛行士を送ったり、月面基地を建設したりする、と見られている。

これはアポロ計画以前の話だが、世界で初めて旧ソ連の宇宙飛行士が宇宙船で地球の周りを飛行した時、「空からロシア語が降ってくるなんて耐えられない」と米国民の間で問題になった。見上げる月に中国人だけが滞在している、などということになれば、宇宙先進国を自負する米国は屈辱感を味わう。ここで負けるわけにはいかない。

有人月探査が岩盤支持層や無党派層の心にどこまで響くかはともかく、「宇宙で中国に絶対負けない」という強い意志と姿勢を示すことは間違いなく評価される。その意味で、国民の支持を得られると、トランプ大統領は踏んでいるようだ。