自分の思いは意外とメンバーに届いていない

実際に、従業員一人ひとりに自身の思いを伝えることを大事にしている経営者もいます。例えば、京セラ、日本航空など多くの企業において立ち上げ、再建を経営者として担ってきた稲盛和夫氏は「フィロソフィ経営」を掲げています。その著書『心。』において、「大きな目標を成し遂げるためにリーダーがあらゆる機会をとらえて全身全霊、本気で自らの考えやめざすべき地平を部下たちに直接くり返し語りかける必要がある」(*7)と説明しています。

筆者がコンサルタントとして企業の支援を行う際にも、リーダーの思いができるだけ自身の言葉でメンバーへ伝わるようなコミュニケーション設計を心がけています。なぜなら、リーダー自身が思っているほど、その思いはメンバーに届いていないことが多いのです。管轄する組織が大きくなるほど、この傾向は強く、大きな組織を率いるリーダーは特に意図して発信をしていく習慣をもつ必要があります。

共感のないプロジェクトは頓挫する

ここまで、鬼滅の刃の登場人物に始まり、共感を得るために自己開示することの重要性とリーダーたちの事例を解説しました。読者の中には、組織の形態や大きさは異なっていても、ビジネスシーンにおいて、周囲の共感を得ることの重要性そして難しさを感じている人もいることでしょう。仕事の多くは、自分ひとりで完結できず、多くの仲間や関係者との協働が欠かせません。お互いに共感の念がないプロジェクトはぎくしゃくし、どこかで頓挫する可能性が高くなります。

特に昨今、コロナ禍により物理的な距離が組織内のコミュニケーション量を減らし、背景や思いが共有されにくい環境になっています。この様な状況だからこそ、リーダーは業務連絡的な伝達だけにならないように意識し、自身の思いや人となりを開示していくことが重要です。組織のメンバーから共感を得るリーダーシップが、結果としてチームの成果を高めることになります。

<参考文献>
1 吾峠呼世晴(2020)『劇場版 鬼滅の刃 煉獄零巻』集英社
2 Zajonc, R. B. (1968). Attitudinal effects of mere exposure. Journal of Personality and Social Psychology, 9(2, Pt.2), 1–27.
3 Byrne, D., & Nelson, D. (1965). Attraction as a linear function of proportion of positive reinforcements. Journal of Personality and Social Psychology, 1(6), 659–663.
4 毎日新聞(電子版) 「「さすがメルケル首相」新型コロナ対応で人気復活 世論調査満足度も64%」(2020年4月8日)
5 ドイツ連邦共和国大使館・総領事館(2020)「新型コロナウイルス感染症対策に関するメルケル首相のメッセージ」(3月29日)
6 F.フライ&A.モリス(2020)「リーダーの信頼を支える3つの力」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2020年7月号 ダイヤモンド社
7 稲盛和夫(2019)『心。』サンマーク出版 p.113.

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