鬼という仇にさえ共感が生じるメカニズム

共感に関する興味深い研究に、「熟知性」と「類似性」を扱ったものがあります。前者は見知らぬ存在に対して人はネガティブであるが、接触頻度が増すうちに信頼と愛情の度合いも増し親密性が高まる(*2)ということ。後者は、お互いが似ている部分を見出すことで相手に対する魅力が高まる(*3)というものです。つまり、相手の人となりを理解するうちに自分と共通項を見つけ、ポジティブな共感の情が芽生え、心理的な距離が縮まっていきます。

アニメ映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

これは主人公のみに限ったことではありません。この作品では人間を捕食する悪役である「鬼」が登場します。しかし、醜悪で無慈悲な存在であるはずの仇ですら、組織の中での序列に苦しみ、心の弱さを垣間見せる瞬間があります。鬼それぞれにもバックストーリーが描写されることで、視聴者の多くが憎みきれない「人間性」を見いだし、つい共感を向けてしまうのがこの作品の大きな特色です。

コロナで際立つ共感の重要性

相手の思いを知ることによって共感が芽生えるのは、アニメの世界だけの話ではありません。例えば、2020年の3月18日に新型コロナウイルス(COVID-19)の流行下で行われたドイツのメルケル首相のテレビ演説は世界中から賞賛を受けました。

彼女の演説の中に「旅行や移動の自由を苦労して勝ち取った私のような者にとって、こうした制限は絶対に必要な場合にだけ正当化される」という発言があります。実は、この背景にはメルケル首相が旧西ドイツ生まれで、生後まもなく西側への移動が禁じられた旧東ドイツに移住しており、移動を制限された暮らしの不自由さについて身をもって知っていたのです(*4)。このように自身の生い立ちや心情を開示し、国民に真摯に理解を求める姿勢は多くの共感を呼び、国民を動かしました。3月28日には首相が自身のAudio Podcastで「多くの市民が行動を大きく変えた」と国民に謝意を伝えています(*5)

リーダー次第では多様性のあるチームがかえって障害になる

「VUCA」(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)と呼ばれる予測困難な時代だからこそ、組織は多様性のある人材を集め、活かす必要があります。そのためにも、リーダーは自身の思いや考えを開示し、メンバーからの理解と信頼を得る必要があります。

「相手の信頼を得るには、相手が嘘偽りのない本心で接していることが必要であり、周囲に知識、意見、気持ちが十分に伝わらない場合には、多様性のあるチームが成果創出の障害となる」(*6)という研究があります。VUCAの時代にはリーダー自身も経験したことのない環境で組織をマネジメントしていくことになります。戦略・方針を考え、伝える統率力だけでなく、意思決定の背景にある考えや、時には自身の弱みさえも開示することで、メンバーの共感を得ていくことが現代のリーダーには求められているのです。