高齢者はデジタルに弱いという誤解

――デジタルになじめない人たちについてはどう考えていますか。

薬局やコンビニでマスクを購入するときに健康保険カードやクレジットカードなどを使って購入者を特定していくのは、デジタル技術によるものです。ただ、そのデジタル技術も人間を介さない技術ではありません。カードリーダーのそばには薬剤師や店員がいて、操作に慣れていない高齢者がいれば助けてくれるでしょう。多少は時間がかかるかもしれませんが、これは1つの学習機会になります。私の祖母は87歳ですが、父がコンビニに連れて行って1度操作を教えたら、次からは自分でできるようになりました。それどころか、祖母は年配の友人を連れて行って教えることもできました。学んだ人は教えることもできるのです。

IT社会は高齢者になじまないのではないかという意見もありますが、そんなことはないと思います。高齢者が不便を感じるのは、プログラムや端末の使い勝手が悪いからでしょう。それはプログラムを書き換えたり、端末を改良したりして、高齢者が日頃の習慣の延長線上で使えるような工夫すればいいのです。つまり、高齢者に合わせたイノベーションです。

――高齢者ではなくプログラムや端末のほうを変えていくわけですね。

そのためにはプログラムやアプリを開発するプログラマーが使用者の側に立って考える想像力を養うことも必要でしょう。その手っ取り早い方法は、プログラマーを自分の設計したプログラムを一番使えないと思われる人たちの集団に送り込むこと。そうすれば、彼らが何を使えないのか、なぜ使いにくいのかという感覚を理解できて、プログラマーの側に「共感」が備わっていきます。

プログラマーの問題点というのは、彼らの成長してきた背景がほとんど変わらず、年齢もほとんど同じで男性が多い、ということなのです。似たような人たちだけで開発を進めても、万人に役立つものは作れません。

特にITを高齢者に身近なものにするには、もっと高齢者と議論する必要があると思います。私の事務所には70代から90代の友人たちもやってきます。彼らが私に教えてくれるのは、エレベーターの速度を遅めにするとか、車いすや松葉杖、歩行器で歩道橋を上がる際の手すりの高さを考え直さなくてはいけないといったことです。自分の席に座って議論していても見えないこと、知らないことが多々あります。そのときにITの活用で改善できることがたくさんあります。

このように、体は衰えても知能や精神がまだしっかりしている人は、デジタル機器を用いることで引き続き社会に積極的に参加できるようになります。高齢者が社会に貢献できることはいくらでもあると思います。

私はデジタルから遠い人たちがいつかいなくなるだろうとは思いません。デジタルを学ばないと時代に遅れてしまうよ、という態度は絶対に取りたくありません。デジタルデバイドを埋めるためには、何か1つ2つのことをやればいいということではなく、誰も置き去りにしないインクルージョン(包括)の考えがなければならないということです。

(構成=柏木孝之 撮影=熊谷俊之)
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