この問題には大きくいえば衛生福利部と経済部という2つの省が関係しているのですが、そこに少なくとも6つの部局が関わっていました。さらにマスクの配送を請け負う郵便局は交通部の管轄ですが、ここも当然関わってきます。このように1つの省庁では解決できない問題が生じた場合、省庁間で異なる価値を調整する必要があります。こうした省庁間を横断する問題についてデジタル技術を使ってクリアにしていくというのが、私の仕事です。

誰がマスクを購入したかが確実に把握

――具体的にはどのように問題解決を図られたのですか。

台湾は国民皆保険制度ですから健康保険カードを使った実名販売をすることにしました。それにクレジットカードや利用者登録式の悠遊カード(日本のSuicaのようなもの)を使ったキャッシュレス決済を組み込みました。これなら誰がマスクを購入したかが確実に把握できます。

オードリー・タン『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)
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ところが始めてみると、この方法でマスクを購入した人が4割しかいないことがわかってきました。現金や無記名式の悠遊カードを使い慣れていた高齢者には不便な方法だったのですね。これは単にデジタルデバイド(情報格差)の問題だけではなく、防疫政策のほころびでもあります。マスクを買えた人と買えなかった人の割合が半々程度では、防疫の意味をなしません。

そこで、この方法はとりあえず停止して、まずは健康保険カードを持って薬局に並んでマスクを買ってもらうことにしました。これなら高齢者には慣れたやり方ですし、高齢者には並ぶ時間もありますからね。家族の健康保険カードを預かって一緒に買ってあげることもできます。

次に並んでマスクを購入する時間がない人のために、スマホを使ってコンビニでマスクを購入するシステムを設計しました。民間企業にも加わってもらって、自動販売機でもキャッシュレス決済で購入できるようにしました。

重要なのは問題を処理する順序です。デジタルファースト、まずデジタル技術を使うという考えでは課題は解決しません。まず対面式あるいは紙ベースでしか対応できない人について対応をして、その方式を進める中でより便利で早い方法を使いたいという声に対応していくことが大切です。そのうえで中央省庁の各部局、外局、自治体のスマートシティ事務局、薬局、民間の科学技術関連企業など、あらゆる分野、機関をまたぎつつ全体を統合することで、マスク政策は一歩進んだものになりました。

――世界で注目されたマスク在庫マップも、タンさんが主導したものですね。

マスクの実名販売制を進めた際、最初はコンビニだけでマスクを販売したのですが、どこのコンビニにどれだけの在庫があるのかがわからないために混乱が起こりました。そのときに、1人の市民が近隣店舗のマスク在庫状況を調べて地図アプリで公開したのです。