なぜ私たちは食パンをトーストするのか

トースターなどの軽家電では、小さな改善の積み重ねが高付加価値の獲得につながりにくい。利益を生むには、既存のトースターとは別カテゴリの商品をつくりださなければいけない。開発チームは、この一点突破には「パンをおいしく食べられる」を突き詰めるしかないと考えるようになった。

そもそもなぜキッチンにトースターが必要なのか。私たちはなぜ食パンを、トーストして食べるのか。機能を絞り込むには、原点に立ち返って、その認識や理解を掘り下げることが欠かせない。

開発チームは人気パン店などへの調査を繰り返した。そこでわかったことは、パンはベーカリーでの焼き上がり直後が一番おいしく、その後は時間とともに味が劣化していく。つくってから時間がたったパンを、おいしく食べるための機器がトースターだった。

写真提供=三菱電機
三菱電機の「ブレッドオーブン」 じっくり火入れをすることで、焼き目のない「白いトースト」を焼くモードも選べる。

おいしく食べるという観点から見た既存のトースターの問題点は、庫内が大きく、空気の抜ける穴があるため、パンの水分が必要以上に抜けてしまうことだった。サクッとした食感は得られるものの、パン店での焼き上がり直後のおいしさを再現できるわけではない。そこでブレッドオーブンでは、密封した小さな空間で1枚のパンを上下からムラ無く焼き上げ、最後に余分な水分だけを放出する方式を採用した。

おいしく焼く機能1本に絞って訴求

開発過程では2枚焼きの機器も試作した。しかし庫内が大きくなり、加熱ムラが生じるためか、1枚焼きのような仕上がりは実現しなかった。そのため最高においしいトーストを実現する調理機器は、食パン1枚焼きとなった。価格は3万円。従前のトースターとは形状が異なるため、キッチンの同じ場所で同じようには使用できないという代物だった。

この時点のトースター市場で人気を集めていた高級機器は、バルミューダ社の「BALMUDA The Toaster」。価格は2万2900円で、複数枚を焼くことができる。これを上回る価格で、1枚しか焼けない。

この大胆な機器を発売するべきか。柔らかく「生食パン」のような仕上がりを実現する、まったく新しいトースターである。三菱電機の社内ではさまざまな意見が噴出した。流れが変わったのは試食会だった。市販の食パンをブレッドオーブンの試作機でトーストして、経営幹部に食べてもらった。食べれば、この機器の価値がわかる。これでゴーサインが下りた。