「実際はあんなことはなかった」と正裕さん。「人前に出ることを厭わない、プレッシャーに強い人でした。窪田さんが演じているように吃音こそあったけれど」。生涯に5000曲を作ったという裕而の作品中、正裕さんが最も好きなのもこの曲で、家ではめったに仕事の話をしなかった父が、依頼されたことをうれしそうに話していた姿を覚えている。
いっぽう音は、金子のイメージに近いという。ドラマで描かれたように、夫の契約条件の交渉でレコード会社に乗り込んでいく行動派で、家では歌を歌っている「太陽のように明るい人でした」。金子は乳がんで早くに亡くなるが「母に先立たれた後の父は落ち込んでしまい、寂しそうでした」。
『君はるか』では、結婚前の金子が愛知県豊橋市から、裕而が福島市から送りあっていた手紙を小説仕立てで紹介した。「僕が勝手に紹介しちゃったから、二人はいま恥ずかしがっているかもしれない。でも現代の人々の心にもつながる純愛で、どうしても紹介したかった。ドラマ化はきっと喜んでいるはずです」と偲ぶ。
脇役では、裕而の親友だった歌手、伊藤久男がモデルの、山崎育三郎が演じる佐藤久志のプリンスぶりが際立つ。音の通う帝国音楽学校に在籍し、女子学生を悩殺するモテぶりだ。
「伊藤さんには晩年にお会いしたのを覚えています。すでにお年を召されて枯れたイメージで(笑)。お若い頃の写真はかなりイケメンですが、実際の帝国はそう女子学生は多くなかったはず。あんなことが本当にあったのかな」
「オールスター家族対抗歌合戦」に出ていたおじいさん
「エール」のブレークは、誰もが知る楽曲を作っていた、知られざる大作曲家の愛情物語に共感が得られたこと、山田耕筰がモデルとなる作曲家を、新型コロナウイルスに罹患して急逝した志村けんが演じていることもきっかけとなった。
さらに古賀政男がモデルの木枯正人を、人気ロックバンドRADWIMPSの野田洋次郎、古関と親しかった歌手の伊藤久男がモデルの佐藤久志を、山崎育三郎がおのおの演じるなど、往年の実在の人物を人気・実力を兼ね備えた若手アーチストが演じることで、幅広い世代に浸透していることなどがある。
古関裕而の名前は知らなくとも、中高年世代には昭和の人気テレビ番組「オールスター家族対抗歌合戦」(フジテレビ系)で、司会の萩本欽一とともに登場していた審査委員長のおじいさん、といえばその笑顔を思い出す人もいるだろう。応援歌から流行歌、映画やドラマの主題歌、社歌や校歌までジャンルは多岐にわたる。