何事も無駄にしない冥利に対する思い

あるとき、食後に甘いものがほしくなったらしくて「あんたもお菓子いる?」と聞いてこられました。「いや、僕はいりません」と返事をすると、希林さんは和菓子屋へすっと入ってお饅頭を一個だけ買うんです。大女優が自らお饅頭一個なんて、まるで冗談みたいでしょ。普通なら恥ずかしいと思うんですけど、「2つは食べないから1つでいい」という割り切った考え方をされるのです。

奇妙な葉書をもらったこともあります。新聞の折り込みで裏が白いチラシがありますよね。その広告を葉書の大きさに切って、印刷されていない面に宛名を書き、その下の余った部分に数行の用件が書いてある。それを見て私は、「紙を使い切ってやる」という思いと、「絶対モノを無駄にしない」という希林さんの意思が込められていることに気がつきました。紙には紙の“冥利”があるわけで、それを使い切ることが紙にとって幸せなのだということを訴えているのです。

その思いを象徴するのが、

「ただ捨てるんじゃなくて、モノの冥利も考えて、どう活かすか」

という言葉なのでしょう。希林さんはいろんな映画で賞を受賞して、トロフィーをよくもらいました。そして、死んだら整理するのが大変だからというので、町工場で加工してもらい、傘を付けて電気スタンドにして人に配っていました。でもこれ、1つ作るのに3万円もかかります。だから普通に電気スタンドを買ったほうが安く上がりますが、結局はトロフィーの冥利を考えての行いなのでしょうね。

そういえば、モノをもらうのも嫌がりましたっけ。打ち合わせでテレビ局まで来てもらった帰りにタクシーチケットを渡そうとしても、「いらないわ」といって自分1人でバスや電車に乗って帰ってしまいます。年収何億円は下らない女優さんがちゃんと「Suica」を持っているんですよ。聞くと「自分1人だけでタクシーに乗るのがもったいないから」なんですって。

以前、日生劇場でピーターさんの舞台がありました。浅田美代子さんと一緒に楽屋に挨拶に行ったら、ピーターさんに記念のTシャツをあげるといわれたそうです。「私はいらないから」「誰かにあげればいいじゃない」「いや、着ないからいいです」「雑巾にすればいいじゃない」「そんなことできません」と意地の張り合いになったらしいです。

そして、希林さんは

「私は断るのに喧嘩腰で断るんです」

と断言します。断らないと片付かないから紙一枚でもティッシュでも「いらない」と突っ返す。モノに対する冥利を追求し続けてきた希林さんならではの言葉だと私は思うのです。また、冥利への思いは人生にも向かっていました。「自分の命を使い切って死にたい」と口にしていましたけど、全くその通りになったのではないでしょうか。