環境を整えるという着想
2019年の夏は暑かったが、そこに生まれていた小さな物語を紹介した。
蒼さん当人から話を聞くなかで印象に残っているのが、「環境を整えるのが私の仕事」という彼女の発言である。
個人では実現の難しいプロジェクトを、チームの力を合わせて達成する。蒼さんはそのために、マネジリアル・マーケティングのフレームワークを使い、必要な活動を洗い出し、目標とスケジュールを書き出した。
この作業を蒼さんは「環境を整える」と表現したのである。
蒼さんはリーダー役をつとめたが、業務管理者として振る舞っていたわけではない。リーダーとしての蒼さんは、一般的な企業や官公庁の業務管理型のオペレーションとは少し異なるスタイルをとっていた。
業務管理型のオペレーションでは、リーダーが定めた方針のもとで、メンバーは決められた活動を実行し、リーダーから評価を受ける。これに対して蒼さんが実現しようとしていたのは、創発型のオペレーションだと言える(國部克彦・西谷公孝・北田皓嗣・安藤光展著『創発型責任経営』日本経済新聞社、2019年)。夏フェスのプロジェクトの全体は、バンドのメンバー全員によって管理されており、そこには指示する人と、指示される人という関係は存在しなかった。これは、ティール組織などにも通じる、創発型のオペレーションだといえる。
マネジリアル・マーケティングは、業務管理型のオペレーションのフレームワークだと考えられがちである。しかし蒼さんが試みたような創発型のオペレーションにおいても、このフレームワークを活用すれば、メンバー一人ひとりの仕事をやりやすくする環境が生まれる。マネジリアル・マーケティングの手順に従い、目標を設定し、スケジュールを作成し、共有することで、自主的なメンバーの活動に求心力が生まれ、創発が促進される。
蒼さんは、技術やツールの使い方や目的を変えることで、新たな価値を生み出すバリュー・イノベーションを、気負うことなく実践していた。