SNSが存在する、この時代を呪え

バカッター、バイトテロが発生する理由について、私は次のように考えている。

【理由1】暇だから

バイトをしていると、ときおり“暇な時間”が発生する。私は学生時代、某洋菓子チェーンでウェイターのバイトをしたことがあったのだが、その店舗はとにかく暇だった。

ひとたび客が来ようものなら、そこにいるバイト5人が「あのお客さんに水を出すのは自分だ!」とばかりに先を急ぎ、「ちゃんと仕事をしている」風を装うという、奇妙な競争が発生していた。皆が水をコップに注ぎ入れ、お盆に置こうとするのだが、最初に水を入れ終えたバイトがドヤ顔で客に水を運び、「私が仕事をしたのだ」と誇ることができるのである。

私がバイトをしていたのは1990年代前半だが、こうした店は客を待たせないために、念のためそれなりの人数をバイトとして雇っていることが多かった。すると、客がいない時間には従業員が手持ち無沙汰になり、つい余計なことをしてしまう。現在は、当時に比べたら無駄に従業員が多い店は減ったのかもしれないが、それでも暇な時間は発生しているだろう。そこで、暇に飽かして余計なことをするのである。

当時もバイト中にバカ話や猥談などはさんざんしていたし、仲間の笑いを取るためにバカな行動をすることがあった。なかには、商品や食材をないがしろにするような行為をする者もいた。ただ、これを世間様に公開する術がなかったのである。だから炎上しなかった。いつの時代も、暇は余計なバカ行為を生み出す。SNSがある今の時代を呪うがいい。

とはいえ、改めて考えてみると、我々が若いころにしていたバカ行為は、現代ほど過激ではなかったようにも思う。SNSという披露の場があると「自分の目の前にいる人だけでなく、もっと多くの人を驚かせてやろう」といった欲が生まれ、愚行のレベルもより過激になりがちなのではなかろうか。よって「我々も若いころは同じような愚行をしていた」は、厳密に言うなら「我々だって若いころは愚行をしていたが、今の彼らよりは穏やかなものが大半だった」と評すべきだろう。その程度の愚行では、現代では炎上どころか、ちょっとした拡散すら期待できないかもしれない。

付け足しておくと、2013年のバカッター騒動の際は、夏休みの時期に投稿が集中していた。これは、休み期間中で暇だったが故に、友人らに自分の現状を面白おかしく伝えたくなったのではなかろうか。「オレはこんなに楽しくやってるぞ!」と伝えるべく、意外性のある写真を送りたくなったと推察する。

リアルは「心地よい場所」、ネットは「修羅の国」

【理由2】ネットのことをよくわかっていないから

バカ画像やバカ動画を投稿する者は「SNSといっても、相互フォローしている実際の“知り合い”以外はどうせ見ないよね」みたいな感覚を持っているのではないだろうか。LINEのグループ機能のようなものだと誤解をしていたのかもしれない。

オッサン・オバサン世代からすれば、ネットというものは1990年代後半から2000年代前半にかけて「世界中の誰とでも自由に繋がることができる、夢のツール」的に広まった新しいテクノロジーであり、「だからこそ、プライバシーは自分で守らなければならない」という啓蒙にも触れてきている。そのため「ひとたびネットに個人情報が流出してしまったらヤバいことになる」という慎重さを持っている人が多い。

これまで、さまざまな「身バレ」からの失職騒動などが発生してきたことを、我々中高年はよく知っている。だからこそ、徹底的に自分の身元がバレないような形でブログや掲示板などを利用してきた。近年のSNS普及以降も、基本的には「ネットは便利だけど、使い方を間違うと危ない」という意識で接している。対して、物心ついたときからネットが当たり前の存在だった若者からすれば、“ネットとリアルの境目”という視点が曖昧なのかもしれない。

私自身、ツイッターでは傍若無人に罵倒をしたり、汚い言葉を使ったりするキャラなのだが、実際に会った場合「意外とまともな方なんですね」などと言われることが多い。これは「ネットとリアルの人格の使い分け」ができているからである。

ところが若者は、あまりにもネットが当たり前のツールであったが故に、ネットとリアルが同じ空間であるかのように錯覚してしまい、結果、愚かな投稿をしてしまう。本当は「リアル=自分にとって心地よい場所」「ネット=修羅の国」なのであるが、この事実を、バカッターをやらかす若者はわかっていない。