【菊澤】はい。この本のタイトルにもある「不条理」とは、人間の合理性こそが人間を失敗に導くということです。つまり、大東亜戦争での日本軍の失敗は、非合理だったから起きたのではなく、むしろ、合理的に行動したからこそ、失敗に導かれたということです。では、なぜ不条理が発生するのか。それは人間が限られた情報の中で判断するしかないからです。このことを「限定合理性」と呼びます。

慶應義塾大学教授 菊澤研宗氏

そして、人間が限定合理的であれば、相手の情報の不備につけこんで、利己的利益を追求しようとする機会主義的な人が現れます。

その結果、人間同士で交渉・取引をすると、騙されないように駆け引きが起こり、多大な時間や労力というコストが発生します。このコストを考慮すると、現状が非効率だったり不正な状態でも改革することなく維持したほうが合理的という不条理が生まれるのです。

【佐藤】人間の合理性を限定的に見ることで、まったく違って見えてきます。『組織の不条理』が良い本だと思うのは、「限定合理性」という補助線を引くことでシャープや東芝といったビジネスの失敗事例の本質が読み解けることです。

【菊澤】日本企業はバブル崩壊以後、アメリカ化、すなわち、科学的な経済合理主義をずっと進めてきました。この経済合理主義は徹底した損得計算で成り立っています。しかし、そうやって科学的に損得計算ばかりしていると、いつかどこかで必ず不条理が生じるのです。

例えば、安全性を高めることは正しいことですが、そうするにはコストがかかるので、初めから手抜きをすることが経済合理的となります。イノベーションも、失敗したときに想定されるコストが高いので、挑戦しないほうが合理的となります。経済合理性は、必ずそんな不条理を生むものなのです。

不条理を回避するヒント

【佐藤】合理性を追求したところに、不条理があり、企業に大きなマイナスをもたらすリスクがあるということに、気づいておかないといけない。菊澤先生は、本居宣長に関心をもった批評家の小林秀雄が晩年に繰り返し述べている「大和心(やまとごころ)」をもとに、マネジメントについて論じていますね。