ビートたけしとの出会い、とっておきのコンビ名を授ける

「寝ているお客さんを起こすために、“イェーイ”ってやったんです」。

最初はうるさいと客から邪険にされたが、そのうち漫談を熱心に聞いてくれるようになったという。

「喉、渇いたろうって牛乳瓶を貰ったり、煙草を貰ったりするようになった」

浅草では、木馬館の千とせが面白いという話題になり、芸人たちが見に来るようになったという。

やがて評判が口コミで広がり、テレビ局から声が掛かるようになった。

彼の人気が出る少し前、二人の若い漫才師が弟子入りを希望してきたことがあった。

二人は千とせの前で手をついて弟子にしてくれと頭を下げた。かつて千とせの漫才を見たことがあると言った。千とせは漫談をする前、西秀一という名前で秀一秀二という漫才コンビを組んでいた。

「“パンチの効いたネタをやっていましたね、ぼくらもああいうのをやりたいです”って言うんです。ああそうかい、じゃあ、名前は『松鶴家二郎次郎』でいいかって」

この『松鶴家二郎次郎』は長く続かなかった。『空たかし・きよし』に改名。それでも人気が出なかったため、新しい名前を付けて欲しいと千とせの前に現れたという。

「松鶴家というのは嫌だって。なんでって聞いたら、NHK(の漫才コンクール)で三番か四番目の(賞)しかもらえなかった。それは松鶴家が古い名前だからって言い出すのよ。じゃあ、どんなんがいいんだって聞きました。俺が漫才をやっていたとき、テンポのいい、ビートの利いたようなのをやっていた。それでビートの利いたのをお願いしますっていうから、じゃあ『ザ・ビート』にするかって。いや、二人だからツーにしよう。ぼくが『ツービート』にしたんです」

「ツービート」は誰のものか

ビートたけしこと北野武、そしてビートきよしこと兼子二郎による、漫才コンビである。

しかし――。

ビートたけしの著作『浅草キッド』の中にはこう書かれている。

〈「どうにも思いつかないよなぁ……どうしょうか、名前」 2人ともいい加減疲れてきた頃、ふと相方が思い出したように、こんな話をし始めた。「……いや、オイラさ、ジャズ喫茶でバイトしたことあるんだよ」「ジャズ喫茶?」「それでね、ジャズのリズムに2ビート、4ビート、16ビートっていうのがあってさ」「ふ~ん、2ビートに4ビートねえ…」 それでピンと来た。「あれ、ツービートってよくない?」「ツービート?」「ウチら2人だし、漫才はテンポだろ。ツービートっていいんじゃないの?」〉(『浅草キッド』)

ツービートとなってから、それまで二郎――ビートきよしが書いていた台本を、たけしが担当するようになった。ここからツービートの快進撃が始まったという。

たけしの師匠として頭に浮かぶのは、浅草のフランス座での修行時代に師事した深見千三郎(ふかみ・せんざぶろう)である。また「漫才では松鶴家千代若・千代菊が師匠」だと口にすることもある。

そもそもたけしは千とせの弟子なのか――。