――ご本の中でもありました。ある講演会で、聴衆の1人が「アドラーを学べば誰とでも結婚できますよね」と指摘したと。対人関係の悩みを解決するのを助けるアドラー心理学。それを学び、どんな対人関係をも改善できてしまえるならば、相手が誰かに関わらずうまく付き合えてしまう。
【岸見】難しいですね。例えば、「あの人は嫌いだけど、あなたは好き」という愛され方をされても、少しも愛されたような気がしない。「どんな人も愛せるけれど、それでもあなたと一緒に生きたい」。それが望ましいかたちでしょう。
相手の「属性」で選んでしまっても、それは未来永劫には続きません。一流企業の社員でも、会社がなくなることもある。エリート官僚になっても、最近のニュースでの憐れな姿を見るにつけ、幸せになれるかは分からないわけですよね。どんな分野のトップに上り詰めても、犯罪者になるかもしれませんし、成功を確約された「属性」の人はいません。
相手の属性や条件だけで恋愛して失敗した人は、相手が変わっても同じ過ちを犯します。これは本人の抱える根深い問題ですね。相手を自分の価値付けにするため、独占したい、縛りたいと、所有欲を持ってしまう。これは決して幸せではありません。
――では、どうして誰かと一緒にいたいと思うのでしょうか。
【岸見】そう、なぜその人を愛するのかという問題ですね。それは、「この人の前では、自分をよく見せようとしなくてもいい」と思える人だからではないでしょうか。本音で話せる、この人となら楽にいられるな、という感覚を持てたとき、相手に惹かれる。そんな関係を探していくことが大切なのです。
哲学者。1956年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。主な著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(ともに古賀史健との共著)、『人生を変える心理学』『幸福の哲学』など。新著に『老いる勇気』。