このように、裁量労働制そのものは経済社会両面での構造変化に適応しようとしたものであり、それ自体は必要なものといえる。例えば、子育て中の社員が適用を受け、子供の保育所への送り迎えのために出社・退社時間を柔軟に決めつつ、在宅勤務も可能になれば、短時間勤務を強いられて補助的な業務でしか働けない、ということが避けられる。勤務時間に関係なく成果をあげれば高い給与が得られる報酬制度を導入されるのが通常であり、本来それは、巷間批判される「残業代ゼロ制度」とは異なるものといえよう。
制度の形式上、裁量労働制は「みなし労働時間制」であり、標準的に必要な労働時間が所定内労働時間を超えている場合、その超過分の残業代が固定的に支払われる形になっている。だが、労働時間と成果が比例しないタイプの仕事に適用するのが制度の趣旨であり、本来は「残業」という概念自体がなじまない。あらかじめ残業時間を想定して残業代を支払うが、実際の残業が想定より長い場合は追加で残業代を支払わなければならない「固定残業代制」とは本質的に異なる。
「仕事量の裁量性」を確保する仕組みが必要
もっとも、実際の運営を適正に行うには2つの条件がある。それらは過労死など過重労働の弊害をなくし、制度のメリットを引き出すために求められることだ。1つは、「制度が想定する裁量性の高い労働者のみにきちんと適用されるか」という問題であり、もう1つは、「過重労働を防止する有効な健康確保措置がしっかりと講じられるか」という点である。つまり、いま議論すべきは制度の是非よりも、こうした2つの観点からの適正運用の在り方であろう。
1つ目、すなわち、業務時間と生活時間を柔軟に配分できるだけの自主性・裁量性が、適用対象の労働者に本当に与えられているか、という点には課題が多い。政府は研究開発職やデザイナーなどの職業を裁量労働制の対象業務としているが、本人の意向に反して長時間労働を強いられるような場合には、野党がいうような「残業代ゼロ制度」という状況となり、本来の制度の趣旨から外れてしまう。
この点に関連して、「仕事手順の裁量性」と「仕事量の裁量性」を区別することが重要である(※2)。手順も仕事量も裁量性が高ければよいが、手順の裁量性があっても仕事量の裁量性がない場合が問題である。この場合、仕事量を適正に制御する仕組みを導入することが、裁量労働制を適用する条件になる。
2つ目の健康確保措置が必要なのは、わが国の場合、多くの職場で長時間労働が習慣になっているからである。そもそも長時間労働の原因として、わが国では仕事の完成度を上げたいと考える労働者が多いことが指摘できるほか、成果主義型の処遇制度が普及するなか、成果を高めるために労働時間が長くなる傾向にある点も否定できない。
(※1)労働政策研究・研修機構『裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果』2014年
(※2)今野浩一郎(2001)「ホワイトカラーの労働時間管理」『日本労働研究雑誌』No.489