ロスジェネが地方を変える
ただ、実際のところ、田中さんのように地方移住を通じて生き方を変えることができた事例はごく少数であろう。一番の課題は仕事である。確かに地方は担い手不足に苦しんでいるが、大都市部に比べ産業や職種が限られているとともに、顕在化した求人ばかりではない。より丹念に探す必要がある。
また、ロスジェネは、「夫婦と子どもからなる世帯」が半数弱と最も多く、生活基盤が現在住んでいる場所で、できているまたはできつつある世代であり、パートナーや子どもの生活を考えると移住へのハードルは高い。
しかし、地方にとって、彼らが地域で活躍することは、他の世代にも増して重要だ。それはなぜか。
地方創生や地域活性化の成功事例では、「よそ者、若者、ばか者」の活躍している事例が多くみられる。地域イノベーションを起こしていくためには、地域内の固定概念にとらわれない客観的な視点を持った人材が必要であり、「よそ者、若者、ばか者」の役割は重要である。だが、多くの地域で悩んでいるのは、「何をすればいいのかを提案する人材」に加え、「それを推進する人材」の不在である。
日本生産性本部による調査(※3)によれば、全国の自治体の30.1%が、地方創生策を進めるための民間人材を確保できていないと答えている。そして、民間人材に求められるノウハウ・スキルとして、全国の自治体のうち約60%が「プロジェクトマネジメント力」を挙げている。
地域を活性化するためのアイデアがあったとしても、それを具現化・推進できる人材がいなければ意味がない。地域が今欲しているのは、地域内の意欲ある人材と協業し、客観的な視点を持ちながらプロジェクトを回していく人材である。
仕事も余暇も頑張り人生経験を積んでいて、かつ気力も体力もじゅうぶん有しており、脂ののったロスジェネに期待したいのは、この点である。
しかし、前述のように移住へのハードルは高い。その中で必要なことは、直ちに移住しないとしても、彼らと地方とのつながりをつくることである。昨今は、お試し居住、移住体験を提供する自治体も増えており、このような機会提供も確かに必要だ。
だが、ロスジェネへのアプローチとしては、それだけでは足りない。移住願望があるロスジェネが地方に望むのは、彼らの経験を活かしながら社会貢献につながり充実感を得られる活躍の場であるからだ。彼らと地方が密に交流し、彼らの活躍の場があるのかどうかを見極めていくことが必要だ。
今、地方では、地域課題の解決を地域住民と共に検討するなどによる、より密度の濃い交流を目指す動きがある。
北海道美瑛町の「地域課題解決プロジェクト」や長野県塩尻市の「MICHIKARA」の取り組みでは、企業の人材育成研修として位置付けつつ、地域課題解決を大都市圏企業社員が地域とともに検討している。
総務省も、平成30年度から「関係人口」創出事業を開始する予定である。これは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる者である「関係人口」に着目し、地域外からの交流の入り口を増やすことを目指す事業である。
このような動きの中で、すぐに具体的な求人の形で見せられないとしても、地域にどのような課題があり、何をしようとしていて、どのような人材を求めているのかをロスジェネに伝えていく、場合によっては彼らと共に考えていく努力が地方側に求められる。
仕事も余暇も頑張る中で経験を積んできたロスジェネが、地方において、地域内人材だけではうまくいかなかった官民の重要なプロジェクトを推進し、地域が活性化していく。ロスジェネ自身も、余暇の時間を大事にしながら、経験を活かしながら地域貢献に直結する充実感の仕事を行い、満足度の高い生活を送る。
就職氷河期、ワーキングプア、リーマンショックなど、社会の前提やロールモデルが崩れる変化の時代に、試行錯誤しながら生きてきたロスジェネは、社会を支えることが期待される脂ののった年代になってきた。このロスジェネが、地方とつながりを持ちながら、人生100年時代の新たなロールモデルを創っていくことに期待したい。
※3 日本生産性本部『地方創生を推進する上で要請される人材像に関するアンケート調査報告書』(平成29年1月)
三菱総合研究所研修研究員
東京都出身。東京大学経済学部卒。中央官庁勤務を経て、静岡県掛川市にIターン。2004年4月、掛川市役所に奉職。環境政策、労働政策、財政、総合政策などを担当後、2017年4月より三菱総合研究所に研修出向中。