一億総ポリス化で窮屈さを増す社会

昨今のテレビドラマはコンプライアンス重視でクレームがつきそうな描写を避ける傾向にあると言われる。ところが『やすらぎの郷』では視聴者から反発のありそうな描写も臆せず踏み込んでいる。例えば喫煙シーン。倉本さんの分身とも言える主人公の脚本家、菊村栄が息子から節煙を勧められ、「うるさい。タバコのおかげで俺がどれだけ作品を書いてこられたか!」と怒鳴るシーンがある。

倉本さん自身、こよなくタバコを愛する一人。東京五輪に向け、ますます肩身が狭くなる愛煙家。どのようにお考えなのだろう。

「もう喫煙者バッシングについてはあんまり言いたくないんですけどね。まるでファシズムの世界にいるような気がするから。差別とはこういうものかと感じて恐ろしいですよ。

倉本聰●1935年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。ニッポン放送に入社し、ディレクター・プロデューサーを経て脚本家として独立。代表作に『北の国から』『前略おふくろ様』『あにき』ほか多数。

僕は1日80本吸っていて、もちろん肺は苦しいけれど、一切やめる気はないですね。それよりも、タバコをやめろという声や禁煙という文字のほうがよほどストレスです。

こんなことがありました。前に東京のホテルのラウンジの喫煙コーナーでタバコを吸っていたら、車椅子に乗って鼻に酸素吸入器をつけたお婆さんがこっちへやってきたんです。これはタバコ吸いにくいなあと思っていたら、そのお婆さん、ポケットからタバコ出して、吸入器はずしてタバコ吸い始めたんですよ。これには拍手喝采を送りたくなったね。人間、これくらい意志を強くもたなきゃ。

僕はいつも言うんです。健康になって長生きして何をするの。人間が長生きするということは地球の環境にいちばん悪いことだよと。僕はタバコを吸って早く死んで、地球にいいことをしようと思っているんだけど、こういう論理はなかなか通用しないですね。でも1日80本吸ってもなかなか死にゃしない(笑)」

ネット社会の今、安心安全に反する少しでも害の恐れがあることや、倫理を逸脱した行為は、よってたかってバッシングされる一億総ポリス化社会。『やすらぎの郷』世代から見れば、最近の不倫バッシングも理解に苦しむ風潮なのではないだろうか。

「嫉妬じゃないのかな。自分もやりたいのにできないから嫉妬しているだけ。不倫して悪いのは社会に対して悪いんじゃなくて、奥さんに対してなんだから。今までいちばんうまい不倫騒動の釈明は、俳優の村井國夫の『あんな気持ちのいいことの何が悪いの?』。あれは見事だと思いましたね。もうひとつ、昔の噺家が浮気の最中に襖が開いて奥さんが乗り込んできた。そこで反射的に出た言葉が『俺じゃない!』(笑)。これは真実の言葉ですよ。本人にとっては悲劇だけれどロングで見ればものすごい喜劇じゃないですか。これがチャップリンの目指す喜劇ですね。人間の行動はアップで見れば悲劇だが、ロングで見れば喜劇であると」

『やすらぎの郷』の登場人物たちも老いてなお盛ん。ドラマのかなりのウエートを恋愛にまつわるエピソードが占めている。