長時間労働が常態化した労働環境の改善は、今や日本の最優先課題のひとつだ。2016年から政府が「働き方改革」を本格的に推進する中、大手広告代理店の過労自殺が社会問題化し、事態は大きく動き始めている。
過労自殺に関する情報が連日報道された昨年の10月。「昔、その気もないのにうっかり自殺しかけました。」と題する漫画がTwitterに投稿され、30万リツイートされた。汐街コナというイラストレーターが、月100時間残業していた会社勤務時代に自殺しそうになった実体験を描いたものだった。
長時間労働の渦中では、「死ぬくらいなら辞めればいい」という冷静な判断力すら失われてしまう。では、判断力を失わないためにはどうすればいいか。多くの読者を救ったであろうこの漫画は、精神科医による監修・執筆を加えて『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』(汐街コナ/あさ出版/2017)として先月書籍化され、再び大きな反響を呼んでいる。
実はこの実録作品より少し前から、『いきのこれ!社畜ちゃん』(結うき・ビタワン/KADOKAWA/2016~)は同様のメッセージを発信していた。ギャグ4コマではあるが、IT企業に勤務していた原作者自身の実体験をベースにしているため、いま労働集約型の職場で何が起きているのか、若いサラリーマンはどんな困難に直面しているのか、意外なほど切実に描かれている。
本作のハイライトは、1巻の後半に収録されているエピソード「社畜ちゃんの昔話」だろう。入社1年目の主人公が出向した先は、厚生労働省が本気になったら書類送検間違いなしのブラックな職場。出口の見えないハードワークの連続で脱落者が続出する中、責任感の強い主人公は踏ん張っていたけれど、先輩の前で不意に泣き出してしまう。そこで先輩は「逃げ出してもいいのよ」と助言してくれるのだ。その一言で気持ちが軽くなった主人公は、再び仕事に向かえるようになる。
「逃げてもいい」。この一言を言ってくれる人が同じ部署にいてくれるだけで、どれだけの若者が救われることか。修羅場が人を成長させるという従来の職場美談は、今後は「逃げてもいい」という言葉とセットで語らなければいけないのだろう。
社畜のいない未来はあるか?
かつて「24時間戦えますか」という広告コピーが圧倒的に支持された時代があった。いわゆるバブル景気の真っ盛り。当時はブラック企業という概念は無く、青年漫画誌で描かれるサラリーマンは誇らしく輝いていた。『ツルモク独身寮』『東京ラブストーリー』『なぜか笑介』そして『課長島耕作』。
バブルが崩壊すると、『サラリーマン金太郎』『100億の男』『働きマン』など、シビアな実力主義・成果主義が描かれた。そこでは過重労働は成果を出すための必要条件として黙認された。そして現在、長時間労働に苦しむ人たちの心のSOSに漫画が感応している。働き方を巡るファンタジーは不可逆的に変化を続け、時計の針は戻らない。
働き方改革の推進によってブラックな労働環境が本当に駆逐されれば、社畜漫画はいずれ収束するだろう。社畜漫画をブームとして過去形で語れる未来が、近い将来に確実に来ればいいのだけれど、果たして……。