漫画に社畜が増えている!
「ノマド」が消えて「社畜」が残った。日本人の働き方を巡る過去5年間の議論を圧縮すると、つまりそういうことになる。
新しい自由な働き方/生き方として提唱されたノマド・ワーキングは、会社にしがみつく不自由なサラリーマン=社畜への強烈なカウンターとして一世を風靡した。しかしノマドが従来のフリーランサーと大差ないという現実が明らかになるにつれて幻想は剥がれ、ブームは沈静化。ノマドによって掘り起こされてしまったサラリーマンの社畜意識だけが、むき出しになって晒され、ブラックな労働環境の是正が課題として浮かび上がっている、というわけだ。
顕在化した社畜意識は、漫画の世界にひとつのトレンドを生み出した。社畜を主人公とした漫画が目立ち始めているのだ。
サラリーマンを描く漫画は、もう長いこと「島耕作」という圧倒的存在をベンチマークとして、働く喜び、労働のポジティブな側面にフォーカスするものが主流だった。しかし、島耕作のような安定した老舗大企業での出世物語は、今や共感を得られない。
長時間労働が社会問題化する中で、会社に縛られた非人間的な働き方の是非を問う視点が生み出した、サラリーマン漫画の新しい潮流「社畜漫画」。その守備範囲はギャグから実録まで幅広い。
島耕作パロディ、『カイジ』スピンオフ……社畜系ギャグ漫画
社蓄漫画として最もスタンスが明快なのが、弘兼憲史も黙認する究極の島耕作パロディとして話題の『社畜!修羅コーサク』(江戸パイン/講談社/2016~)だ。若い頃の島耕作に似た主人公が、修羅の国・墓多(はかた)に左遷され、社畜ならではの壮絶な自虐技を駆使してサバイブするという展開は、さながら島耕作ミーツ北斗の拳。劇画調のシリアスな絵柄が、ギャグの強度に拍車をかけている。
もともと本家の島耕作も「嫌な仕事で偉くなるより、好きな仕事で犬のように働きたいさ」と“畜生志向”を公言する、潜在的な社畜。しかも部署異動しようが左遷されようが、与えられた仕事は全てクリアして結果的に偉くなるという、究極のファンタジーとしてアイコン化している。そんな象徴的な存在を茶化し、会社を阿鼻叫喚のディストピアに反転させた修羅コーサクは、島耕作の社畜性をアイロニカルに暴き出している。
既存漫画の登場人物を社畜に見立てたパロディとして、『中間管理録トネガワ』(萩原天晴・他/講談社/2015~)も挙げておきたい。福本伸行の代表作『賭博黙示録カイジ』に登場する悪徳企業幹部の利根川を主人公にしたスピンオフで、「このマンガがすごい!2017」のオトコ編1位を受賞するなど、世間的評価も高い。
利根川は、たとえ休暇中であっても横暴な会長の無理難題に応えなければならず、一方で気まぐれな部下たちからの信頼を得るために四苦八苦する。本編では憎々しく君臨した大幹部も、裏側から見ればブラック企業の歯車、過重労働の中間管理職だったという悲喜劇が、悪魔的なギャグに昇華されている。『カイジ』本編では、利根川はパワハラどころではない悲惨な体罰を受けて失脚してしまうので、そうなる前になんとか転職してほしくなる。
社畜ギャグ漫画には『社畜と幽霊』(日日ねるこ/集英社/2016~)のような変わり種もある。オフィスで深夜まで残業する主人公に対し、女の幽霊が身の毛もよだつ嫌がらせを執拗に繰り返す。仕事に集中したい主人公は幽霊を無視したり逆切れしたりして、やがて二人の間に奇妙な連帯感が生まれ始める。幽霊はまるで仕事中にかまってほしがるペットのようで、孤独な深夜オフィスに癒しを提供する存在に見えてくる。