取引先や部下の心を掴む

どんなに優れた能力の持ち主でも、部下の信頼を得られなかったり、取引先から反感をもたれたりしていたら、思うような組織運営はできないだろう。そういう意味でいえば、人望というのは経営者にとって、きわめて重要な資質だといえる。

だが、周囲の人望を得るのは決して簡単なことではない。社長という肩書を掲げ「私は信頼に足る人間です」と叫んでも、誰もが納得して、「あの人についていこう」とはならないのだ。

ホンダの創業者である本田宗一郎氏は、よく社員に雷を落とした。しかも、口より先に手が出ることも珍しくなかったという。それでもホンダの社員は誰もが本田氏のことを「オヤジ」と呼んで慕った。なぜだろうか。

こんなエピソードがある。社長を退任した本田氏が、それまでの感謝の気持ちを直接伝えたいと、全国の工場や販売店を回っていたときのことだ。若い工員が、本田氏に握手をしてもらおうと差し出した手をあわてて引っ込めた。油で汚れたままだったのだ。

「いや、いいんだよ、その油まみれの手がいいんだ。俺は油の匂いが大好きなんだよ」

本田氏はこう言うと、彼の手をしっかり握り、自分の手についた油のにおいをクンクン嗅いだ。

感謝の気持ちが計算やポーズだったら、こうはいくまい。本気だからこそ、シナリオライターにも書けないような名言が口からすっと出て、すぐさまそれを行動に移せるのである。逆に、言葉のセンスだけをいくら磨いても、口先だけでは、人の心掴むことはできない。

「現状は、わかった。結局、松下電器が悪かった。この一語に尽きると思います」

本田氏と双璧を成す戦後の名経営者、松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏も、かつてこう言って頭を下げたことがある。