※本稿は、礒谷幸始『無重力リーダーシップ』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
一生懸命働く理由は「お金」?
あなたは、なぜ働いているのか?
働いていれば、誰しもいちどは自分に問いかけたことがあるのではないだろうか。多くの人は「お金」だったり「出世」だったり、あるいは「家族」なんていう答えが多いと思う。
よく考えていくと、単に「お金」のために働くというのだけでは、しっくりこないのではないだろうか?
たとえば、お金を貯めて貯めて貯めまくったところで、それで死ぬときに墓場まで持っていけるわけもない。お金を何億円も残すというのが、そんなにうれしいことなのか?――普通に考えれば、そんなのは虚しすぎる。
ぼくたちの会社では、上場企業の取締役や、CxOとエグゼクティブクラスの人材エージェントを行っている。おもしろいもので、社会で活躍している人ほど、目の前のお金より社会性や世の中への価値機会を優先して仕事選びをする。結果的に成果を出せる自信があるからかもしれない。
なにより、お金の話ばっかり聞いていたら、誰も応援したくなくなるね。
「出世」も「家族」もしっくりこない
「出世」にしても同じだ。仕事の肩書きなんていうのは、自分のごく一部にすぎない。現に、一歩外へ出たらそれが価値を持たない場合は多い。
ときどき、会社を定年で辞めて「株式会社○○○(世間的に名の知れた会社)元取締役」なんていう名刺を持ち歩いては、ドヤ顔で出したりする人を見るが、ぼくから見れば「で、どうしたん?」となる。
では、「家族」のためというのはどうだろうか? これはアリかもしれないが、当の家族は「家族のために働いているんだ」と言われたら、どう感じるだろうか?
――生計を共にするパートナーであれば「家計の一翼を担っている以上、当然でしょ」くらいにしか思わないだろうし、子どもに至っては「そんなふうに恩着せがましく言われてもなぁ……」と迷惑に感じるかもしれない。
毎日毎日、「会社に行きたくない」「仕事したくない」と言わんばかりの顔で通勤し、休日は無気力で1日中ゴロゴロしているような人に、「自分たちのため」などと言われても、うれしいはずがない。