91歳のインフルエンサー
「ちょっと、2、3個、つまんで食べてみて。これね、昨日の“晩酌の友”! 牛肉に野菜をガバッと入れたらだしの素を入れて、簡単なのよ。ゴボウが美味しさの秘密。ゴボウをささがきにして入れるだけで、二味くらい変わっちゃうのね」
インタビューの終盤、大崎博子さんは冷蔵庫からラップに包まれた皿を取り出し、お菜を目の前に差し出してくれた。レンコンとゴボウ、ニンジン、ピーマンなどの色とりどりの野菜と牛肉を炒めた、ボリュームタップリのまさに“完全食”だ。
「晩酌の友達」とは毎日、「X」にアップする大崎さんの夕食のこと。毎晩、晩酌を欠かさないから必然、その「友」となる。
大崎博子さん、当時91歳。練馬区にある都営住宅で一人暮らしを謳歌しながら、自らを「高貴香麗者」と称し、生活の端々を投稿。連日つぶやく「X」のフォロワー数はなんと、21万8000人。太極拳、麻雀、韓流アイドル、韓国ドラマなどへの手放すことのない好奇心と、凛と一人立つ、唯一無二の暮らしが多くの人を惹きつけていた。
私自身、会った瞬間、立ち姿に一瞬で魅了された。小柄で痩身、ピッタリとしたスキニージーンズに包まれた足は驚くほど細く真っ直ぐで、風になびく藤紫色の髪が美しく、スッと立つ確かな体幹に太極拳の鍛錬を思わずにはいられない。
きちんとした化粧、センスあるさりげないアクセサリーが、大崎さんが醸すキリリとした雰囲気によく似合っていた。サバサバとした口調にキッパリした動作、その全てに、依りかからず生きてきた「これまで」があった。
乾杯の約束をして…
我々取材班が訪ねたのは、24年7月9日のことだった。大崎さんの手料理をいただいた感激に、「今度、絶対三世代(60代の私が娘、30代の編集者が孫)女子会に行きましょう! 乾杯しましょうね」と盛り上がり、活気に満ちた取材となった。
そのまさか約2週間後である7月23日に、大崎さんが永眠されるなんてことは、微塵も脳裏によぎっていなかった。近いうちに三世代女子会は行われるし、なんなら帰りに編集者と「大崎さんは絶対100歳以上、いや、もっとずっと長生きされるに違いない!」と確信に満ちた会話をして帰路に就いたくらいだ。得難いパワーを、たくさんいただき……。もちろん、そのパワーは今も胸にある。
いまだに突然の別れを信じられずにいるが、今は亡き大崎博子さんにお話いただいた、彼女の人生を追悼の気持ちとともに振り返りたい。