敵の偽装を見抜くさりげない質問
プロのスパイの場合、こういう失敗は絶対にしない。徹底した調査のうえで、偽の履歴をつくるからだ。この偽の履歴について、CIA(米中央情報局)やモサド(イスラエル諜報特務庁)は「カバー・ストーリー」(偽装の物語)、SVR(露対外諜報庁)は「レゲンダ」(伝説)という業界用語をあてる。
朝鮮半島某国のスパイが、私と知り合う機会を狙い、小中学校の後輩であるという偽装を行う事例について考えてみよう。
パーティーで偶然を装って、「佐藤さん、小学校、中学校はどちらですか」と尋ねる。私が「今は合併でさいたま市になっていますが、埼玉県大宮市の大砂土小学校、植竹中学校です」と答える。相手が、「これは奇遇だ。私も大砂土小学校、植竹中学校で5年後輩になります」と言って、何人かの教師の名をあげる。
5年後輩だと、共通の知り合いの生徒はまずいないので、教師の名前をあげるのが無難だ。卒業アルバムを精査すれば、同時期に重なっている教師を絞り込むことは難しくない。
こういうふうにアプローチしてくる未知の人物には、私はさりげなく以下の質問をする。
「大宮駅までバスで時間がかかりましたよね。停留所はどこを使っていましたか」
「盆栽踏切か中央病院前です」
「あの大35ルートのバス、中山道の渋滞で大宮駅に出るのにひどく時間がかかりましたよね。反対路線に乗って高崎線の宮原駅に出たほうが早かった」
ここで相手が「そうですね」と頷いたら、その人物を信用してはいけない。バスのルート名は大42で、当時、大宮駅から出るバスは宮原メジカルセンター止まりで、宮原駅に行くためにはそこから1km強、歩かなくてはならなかったからだ。
バスで宮原駅に行けなかったので不便だという記憶を、当時、この路線バスを使っていた人は皆持っている。こういう細部の綻びを見つけ出すのが情報のプロの手腕だ。
1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了、外務省入省。在露日本国大使館等を経て国際情報局分析第一課。2002年、背任および偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、執行猶予付き有罪確定、外務省を失職。主著に『国家の罠』『自壊する帝国』、近著に『超訳・小説日米戦争』『人に強くなる極意』ほか。