現場感覚から出た営業改革の結論
40代前半に、本社の営業部に部長代理できたときだ。入社2年目から20年余り、営業現場ひと筋の身には別世界。意味のわからない、本社でしか聞けない言葉が飛び交っていた。文章も、頭のいい人がこね回すので、自分はそんなにバカではないと思っていたが、読んでもわからない。「切った、張った」で戦ってきた人間には、カルチャーショックだった。
そんななか、営業風土の改革が始まり、5つできたプロジェクトの1つで、リーダーとなる。大手酒販会社を通じて飲食店などに卸す業務用の変革プロジェクト。自分も手がけてきた分野だが、キリンは長い間、家庭向けの酒販店営業が中核で、酒屋に強かったので関心は低い。一方、競争会社は業務用を重視し、酒屋の数が大きく減り始めた首都圏などで、その違いが業績に出始めていた。
プロジェクトの結論は当然、現場感覚から出す。幹部へのプレゼンテーションで、「業務用は採算が悪いとか、そろばん勘定が合わないと言うのは、全く違う。やる意義は、こういうことだ。要は、いまのやり方のままではダメ」と指摘した。聞いていた後輩は、はっとしたと言う。当時の営業方針に真っ向から反する。でも、もともと上をみない性格、迎合するなら、そんなことは言わない。
ここでも、営業部門のトップに度量の広い人がいた。「それでいい」と受けてくれ、社内の業務用への見方が変わっていく。
こんな布施流に、どの職場でも部下たちはハラハラしたかもしれない。難しい局面に投げ込まれ、気持ちが揺れたかもしれない。でも、「大丈夫、大丈夫」と笑いかけた。不安を抱く人には、そのひと言が、大きい。根拠のない自信だが、「この人についていけば、もしかしたらうまくいくかもしれない」と思ってもらえなければ、組織は力を発揮しきれない。
酒類の国内販売を担うキリンビールマーケティングの社長になった2014年の下期から、再び主力の「新・一番搾り」への注力を掲げ、「目不兩視」で戦線を立て直す。無論、もう全経営の責任者だから、「ほかの製品はやらなくてもいい」とは言えない。でも、大組織を1つにまとめるには、シンプルなメッセージが不可欠だ。
トップをいく会社との距離は、正直言って、まだ開いている。相手も必死。でも、やはり、勝ちたい。今年になって、ビール類の売上高は増勢へ転じた。とくに「新・一番搾り」は、前年比4%増の勢いが8月も続き、市場全体の伸び率0.6%増を大きく上回る。競争相手の主力製品もしのいだ。
業務用の地道な新規開拓、「一番搾りシリーズ」にオリジナルグラスを付けたキャンペーンなどの成果で、シンプルなメッセージの浸透に、手応えを感じてきた。
千葉県生まれ。82年早稲田大学商学部卒業、キリンビール入社。2001年東京支社営業推進部長、03年営業部営業企画担当部長代理、05年首都圏営業企画部長、08年大阪支社長、10年小岩井乳業社長、14年キリンビール副社長。15年より現職。