絞り込みの集中討議では、「いや、大阪はラガービールですよ」との異論や、「じゃあ、サワーや洋酒の販促は、やらなくてもいいの?」という疑問が出た。覚悟はできていた。「それは、もうやらなくていい。本社が別のキャンペーンをやると言ってきても、無視していい」と言い切る。「結果についての責任は全部、私が持つ」とも言い添えた。その本気度を、最後には受け止めてもらえた。
振り返れば、新人時代の神戸支店以来、上司に恵まれてきた。どの職業でも、どんな上司と出会うかは、実に大きい。このとき、大阪支社は近畿圏統括本部に属し、本部長は「指標の鬼」と言われ、絞り込みとは真逆の人。ただ、神戸支店のときに営業のイロハを教わった人だった。「これを、やらせてほしい。いったんは指標が落ちるかもしれないが、やり続ければ士気が高まり、必ず大きな成果が出ます」と言うと、「じゃあ、やってみろ」と言ってくれた。49歳になるころだ。
先兵には、まだ一本気の入社2年目の男性を選び、発売前から徹底的に売り込みに回らせる。帰るのを待って「ご苦労さん」とねぎらうと、手書きのリストを差し出して「これだけ回ってきました」と言う。数えたら、123件。涙が出そうになる。いまでも、その数を忘れない。みていたベテランたちも、自分の子どもみたいな若者が頑張っているのに負けられないと思ったのか、すぐ反応した。「他責」の風潮が、消えていく。
この年、キリンはビール系飲料の国内シェアで、8年ぶりに首位に立つ。大阪支社がどこまで貢献できたかはわからないが、少なくとも、職場の雰囲気はすごくよくなった。その点が高く評価され、社長賞が出た。ぶれることなく、シンプルに絞り込みを続けてよかった、と頷く。
「目不兩視而明」(目は兩視せずして而して明)――目は、左右で別々のものを視ようとしないから、ものを明瞭に視ることができる、との意味だ。中国の古典『荀子』にある言葉で、何かに取り組む場合、ふた通りのことを考えるのでなく、1つのことに専心してこそ成就する、と説く。あれもこれもと追わずに「新・一番搾り」に絞り込み、成果を上げた布施流は、この教えに通じる。