両者が考える取締役会のあり方も大きく違っていた。勝久氏は、取締役会は具体的な経営戦略などを議論する場ではなく、自らの方針を追認してもらう場と考えてきたようだ。
「社外の人は会社の事は分かりませんから」と言い、社内の執行役員で構成する「経営会議」を設置し、そこで決まったことを取締役会は「尊重」するのが正しい方法だと主張した。
一方の久美子氏は、取締役会で経営の大方針を議論するのは「当たり前」だと考えていた。取締役会での議論を経ずに、実力会長である父が事業を勝手に進めることに苦言を呈していたという。
そんな最中、昨年7月の取締役会で、久美子氏は5年間務めていた社長を突如解任された。勝久氏が主導したものだった。うるさい久美子氏を排除した勝久氏は、自分流の経営スタイルに突っ走った。8月以降の5カ月間に7億円にのぼる広告宣伝費を積み増した、という。結局、売り上げは期待したほど増えず、営業赤字に転落してしまう。
その間、どんな議論が取締役会でなされたかは、知る由もない。
だが、久美子氏を解任して会長兼社長となった勝久氏に、社外取締役3人と社外監査役3人の計6人は「大塚勝久会長兼社長に対する社外役員の要望事項」という文書を提出している。日付は今年1月15日。1月28日に取締役会が久美子氏の社長復帰を可決する以前のことだ。