ヒットの裏側に、「社運をかけた」投資判断

【田中】「JINS PC」も、当初はあまり売れないのではないかという懸念もありました。ところが、普段視力矯正を必要としない人たちという新たな顧客を生み出し、予測を大幅に上回る販売本数を打ち立てました。ついてきてくれたスタッフには感謝しています。メガネ業界に限った話ではありませんが、存在していないマーケットを創り出すというのは面白い反面、難しいしリスクも大きいですから。

【窪田】合理的に普通のマーケティングをすると、壁を越えられないですよね。経営者がいかにマーケティング責任者の意見を聞いて、いかにして的確に取るべき決断をくだせるかって、非常に難しいところだと思います。全ての側面において合理的な判断のもとに、うまくいくだろうという予測なんていうものは、蓋を開ければ前例を数多く列挙してるだけの話だったということもありますからね。初めて「JINS PC」のメガネを作られたときはどういう戦略だったんですか。

【田中】まず、IT業界で影響力のある方々をお招きしてブロガーミーティングを実施しました。南青山アイクリニックの井手先生にわれわれのオフィスに来ていただいて、ブルーライトが目に与える影響について説明をしてもらったのです。ブロガーのみなさんが自身のブログに「JINS PC」の感想をこぞって書いてくださったことから、JINSに興味を持った方がネットで検索をした時に、そのブロガー目線の記事を読むことができる環境が整いました。

話題になると競合他社が類似品を出してきたので、バイラル・マーケティングからもう一歩踏み込んだのです。JINS商品を類似品から引き離すための策として、テレビ広告などのマス・マーケティングに舵を切りました。一方で、マス・マーケティングが効果的に機能するためには、「本当にあの商品って効果あるの?」という消費者の疑問に対し機能を担保するエビデンスも必要になってきます。ですから、バイラルもマスも単独でやって終わりではなく、相乗効果を図るために情報発信のタイミングやその内容をしっかりリンクさせることを意識しました。

このように仕掛けるには、然るべきタイミングがあります。発売時など時期が早すぎてもダメですし、遅くてもダメ。計り間違えると痛い目に遭いますす。そしてそれを判断するのが私の仕事なのです。

【窪田】大きな投資の時を見極めるのはまさに経営者の仕事ですよね。そのリスクがとれず小さくやってしまったり、リスクを取らない形でやったために、成長のチャンスを逃して淘汰されたり。リスクを取った人が報われる事例としても「JINS PC」はすごくいいケーススタディになると思います。商品の性能を世に知らしめ、かつ、競合を引き離して勝つためのマーケティング戦略とその投資判断をする。ヒットの裏側に見る社運をかけた会社のコミットメントですね。

あと、元々メガネ業界にいらっしゃらなくて、代々受け継がれた家業じゃなかったことも、まったく新しいことを生み出せた要因なのではないでしょうか。メガネのマーケットは飽和していて十分に普及しているイメージがあります。比較的安価なメガネ屋さんもありますから、その業界を熟知している人なら諦める理由をたくさん並べますよね。違うマーケットから新しい視点で参入するからこそ、バッと出ていける。最近発表されたウェアラブルの「JINS MEME」も素晴らしいモデルですね。

【田中】ありがとうございます。余談ですが、「JINS MEME」を発表した際、大手エレクトロニクスメーカーの方々が、悔しがっていたという話をよく聞きます。なぜ技術屋の自分たちにできなかったのか、ということのようです。

【窪田】大企業病なのでしょうね。もしかしたらウェアラブルに着目した人はいたけど、合議制であるとか、他にもっともっと優先順位の高いものがいろいろあってアイデアが潰されたのかもしれません。大企業の意思決定システムがイノベーションの芽を摘んだ事例とも言えるのかもしれませんね。