刑事訴訟法「事実の認定は証拠による」
その点、袴田事件に関しては、「無実の死刑囚・元プロボクサー袴田巌を救う会」(当時)の事務局長だった平野雄三さん(故人)が、裁判資料(公判調書)を一括管理していて、
「支援集会では公開しています。どうぞ、コピーしてください」
と快諾して下さった。とはいえ、公判調書は約1万枚。ファイルにしてざっと40冊、段ボール箱3箱分である。
スポニチ連載中は、ルポルタージュが主体であったため、公判調書は必要な部分のみメモしていた。その後、悠思社で単行本化する際には、基礎資料としてこれは絶対に必要不可欠とあって、私はたった一人で黙々とコピーした。見かねて、
「お手伝いしましょうか」
とも言われたが、欠落など間違いがあったとき、他人を恨むよりは自分を、との思いからお断りしたのであった。
コピーだけで、のべ10日間を要した。
さて、厖大な公判調書は、アトランダムな内容で、そのままでは何がどうなっているのやら、さっぱりわからない。そこで、付箋とノートを連携させて、インデックスを作成することにした。これも、岩川さんに教わった整理方法である。
付箋はファイルごとにシリアルナンバーをつけ、ノートにその要略をメモした。その作業に半年近くかかってしまった。
付箋だけでも8000枚に達していた。もっとも、これを作製したおかげで、公判調書のどこに何が記載してあるか、検索を迅速かつ正確にこなせるようになった。
そのうえで、私は、警察の調べや、証人の証言が、はたして事実に即したものであったのか、どうか、吟味し、考察を重ね、文章にしていった。
岩川さんの「殺人全書」でも冤罪を扱った経験がある。が、それらのケースはなにがしかグレーな部分があって、犯人とされてもやむなし、と思わせたものだ。ところが、袴田事件に関しては、袴田さんが犯人とされても仕方ない、と思わせるような要素はまったく見いだせなかった。
「刑事訴訟法第317条 事実の認定は証拠による」
犯罪事実は、証拠によって証明されなくてはならない。袴田事件において、なぜ、これが「証拠」となるのか。私には不可解な証拠がいくつもあった。警察・検察の主張するような「事実」が、いったいどこから引っ張り出せるのか、資料をあたりながら、まだ若かった私は、
「そんなバカなことがあるか!」
何度も毒づいたものである。