「責任はおれが甘んじて受ければいい」
試合後、西本はリッカーミシンの平木信二社長から誘いを受け、ゲン直しの一杯という気持ちで赤坂へ出かけた。その席に妻の和子から連絡があり、大毎の永田雅一オーナーから自宅に電話があったと聞き、何事かとダイヤルを回した。
「“ミサイル”と呼ばれる打線なのに、どうしてスクイズをやるんだ」
いきなりの喧嘩腰である。永田は、歯に衣着せる物言いと、大言壮語してはばからないところから、“永田ラッパ”というニックネームがあった。
「パ・リーグの中沢(不二雄)会長も、南海の鶴岡(一人)君も、あんなスクイズはないと言ってたぞ」
永田はその2人といっしょに第2戦を観たらしかった。西本は頭に血がのぼった。かつては戦争で中国に渡り、死線をさまよった元陸軍少尉である。
「失礼ですが、おふたりより、わたしのほうが大毎のことをよく知っています」
「バカ野郎!」
「バカ野郎とは何ですか! 取り消してください。撤回してください」
西本が強く抗議すると、永田はガチャンと電話を切った。
結局、“ミサイル打線”はリリーフに回った秋山を打ち崩せず、4連敗。西本は永田からクビを通告されたのである。
大阪球場の近鉄対広島の日本シリーズ第7戦は、大詰めを迎えていた。西本が仰木に出したスクイズのサインは、2人にしかわからない秘密のサイン。
「おれは信心深くはないけれども、そのときばかりは神様に祈ったね。でも、覚悟は出来とったよ。責任はおれが甘んじて受ければいいとね」
江夏はゆっくり振りかぶった。2球目はカーズだった、そのとき、江夏は藤瀬がスタートを切ったことを知らない。サウスポーだから、三塁ランナーは死角になる。
藤瀬の早いスタートを見て、西本に不安がよぎった。
「藤瀬のスタートが早すぎた。それで、キャッチャーの水沼が立ち上がったんだ」
江夏はボールを離す瞬間、石渡のバットが動いたのを見て、カーブの握りのまま、反射的にボールを早く指から離した。初速112キロ、終速108キロのスローカーブは、ウエストボールになり、外角遠くへはずれた。
石渡は懸命にバットを出したが、バットが波打ち、空を切った。
藤瀬は慌てて三塁に戻ろうとしたが、前につんのめった。水沼が藤瀬の背中をミットで叩き、2アウト。石渡は4球目のカーブを空振りし、ゲームセット。
翌日の新聞は、西本の髪が冷たい雨に濡れているのを見て、「白髪に涙雨」と表現した。
西本は、わたしのインタビューを、こう締め括った。
「もしも近鉄球団がやね、かつての永田オーナーみたいな恰好でやね、『あんなスクイズはないだろう』といったら、『いや、おれはこの方法がいちばん確率が高いと思った』と、即座に言い返したやろうね」
“悲運”の指揮官、西本の根強い人気の秘密がここにある。
2665試合 1384勝1163敗118引き分け 勝率5割4分3厘
(文中敬称略)※毎週日曜更新。次回、森監督vs野村克也監督