「長い長いチャレンジ」を続ける価値ある技術

燃料電池車にもメリットはある。消費した燃料のうちどれだけをパワーに変えることができるかを示す熱効率は、現時点でバッテリー方式のEVに次いで高い。熱効率の表し方にはいろいろなものがあるが、エンジン車と同じ基準で見れば、2015年にトヨタ、ホンダ、日産が投入する第3世代モデルの燃料電池の効率は走行中の平均で60%前後に達するとみられる。内燃機関では高効率な方式であるディーゼルエンジンの1.5倍に相当する数字で、ガソリン換算でリッター40kmを超えるレベルである。

商品としての魅力も高い。以前、ホンダが08年にリース販売を開始した2.5世代の燃料電池車『FCXクラリティ』で都内をドライブしてみたが、静粛性の高さ、加速の良さ、重い物が車体の中心線に沿って配列されていることによる抜群の運動性能などを持っており、次世代車らしい雰囲気は濃密だ。航続距離がEVに比べてはるかに長く、安心して乗れるのも魅力だ。

が、それらのメリットを勘案しても、燃料電池車は現時点では、石油やガスの価格が車を走らせられないほどに高騰するかもしれないという将来リスクを回避するエネルギーセキュリティ面以外、普及させる合理性をまったく持てていない。致命的なのはやはり、前述のとおり水素製造・輸送・貯蔵コストの致命的な高さである。トヨタの佐藤康彦常務役員は「エネルギー業界には、現在のガソリン車もしくはガソリンハイブリッド車と同等のコストで走行できる水準になるようお願いをしていく」と語っていたが、そもそものベースコストがそれを実現できないくらいという現状を何とかできないうちは、エネルギー業界側としてもそんなお願いをされても困るというのが正直なところだろう。

加藤副社長は自らのプレゼンテーションの最後で、「長い長いチャレンジ」という言葉を使っていた。官民一体の夢想的なプランを語る中で見せた、ベテランエンジニアとしての良心が垣間見える言葉だ。燃料電池車はエネルギー利用の選択肢のひとつとして、長い長い挑戦を続けていく価値のある技術ではある。

リーマンショックと前後して華々しく登場しながら、なかなか飛べないバッテリーEVを一気に抜き去って次世代のエコカーのメインストリームになるといった空想的な煽り立てでユーザーに過剰な期待を抱かせるのは、長期的に見ればマイナス効果しかない。水素に関して“不可能を可能にする”ためのチャレンジは、今からゼロベースで始まるに等しいのだ。経産省・資源エネルギー庁も自動車業界も、大事な技術と思うのであれば、今は一層自制すべきだろう。

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