トランプ大統領こそが不安要素!
「経営環境はかつてないほど不透明で、(賃金水準を)引き上げるべき要素は見当たらない」――。2月下旬、トヨタ自動車が開いた2017年春闘の労使協議会の初会合の場で、豊田章男社長は労働組合側のベア要求(賃金改善分を月額3000円、年間一時金を6.3カ月分)に対し、予想どおり難色を示した。トヨタの労使交渉は春闘相場に大きな影響力を持つだけに、豊田社長も熟慮を重ねた上での発言とみられる。
豊田社長が警戒感を示すのは、「米国第一」を掲げるまさかのトランプ米大統領の誕生で、為替や株式相場の不安定な動きが続いているのに加え、今後の北米や中国など世界市場の先行きも見通しにくくなっているからだ。NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しをはじめトランプ政権の通商政策はトヨタに限らず、日本車メーカー各社の経営に大きな打撃を与える恐れがある。しかも、注目されていたトランプ大統領の初の施政方針演説では社会基盤に1兆ドルを投資するなど「強い米国」を訴えたが、メキシコとの「国境税」の導入や輸入関税の見直しなど通商政策の具体策は先送りされて懸念の解消にはならなかった。
また、次世代エコカー開発や自動運転などの先進技術の開発競争が異業種を抱き込んで激化しており、研究開発費はトヨタで1兆500億円、日産自動車でも5600億円を超えるほどで生き残るための投資は増大するばかりだ。
1年前の春闘でもトヨタは16年3月期決算では最終利益2兆3000億円を超える過去最高益を稼ぎ出したにもかかわらず、新興国経済の減速や急激な円高傾向で業績の鈍化が見込まれることから「潮目は大きく変わった」(豊田社長)と慎重な姿勢を貫いた。その結果、一時金は7.1カ月の要求どおり満額回答が示されたが、ベア分は3000円の要求に対し、1500円で妥結した。ベアを半分に抑制したのには理由がある。トヨタなどの輸出型企業は、為替変動の影響を受けやすく、過去の教訓からもリーマン・ショックや東日本大震災のような未曾有の危機に見舞われた場合は、一定の内部留保を持っていないと財務状況が悪化して身動きが取れなくなる。このため利益が多く出た分は定期昇給に当たる賃金制度維持分やボーナスなどの一時金で社員に報いるというのが経営側のスタンスだ。
今年の春闘は3月15日が大手メーカーの集中回答。それまでに労使交渉がほぼ決着する予定だが、取り巻く経営環境の変動要因が大きいことを見据えてなのか、トヨタの中堅社員からは「年収ベースでみても、2年前のような“大盤振る舞い”はしばらく期待できないし、これからは従来の延長線上で、生活の質を向上させていくことは難しい」と渋い表情を浮かべる。情けない話だが、これでは日本経済を成長軌道に乗せるため4年連続の賃上げを求める安倍政権の「官製春闘」とも逆行する。