水素は量産すれば何とかなるというものではない

水素を大量に運ぶには液体水素にすればいいのではないかと思われがちだが、水素が液体になる融点は実にマイナス260度。絶対零度であるマイナス273度まであと13度、海王星の衛星トリトンや冥王星よりも低い温度まで冷却してやらなければ液体水素は作れないのだ。そのときに使われるエネルギーは、液化する水素の持つエネルギーの3割にも達するほどで、コスト面でもエネルギー効率面でも、タンカーで水素を運ぶようなシーン以外ではおよそ成り立たないのだ。もちろん圧縮水素も膨大なエネルギーを使って数百気圧という深海潜水艇の隔壁が受けるような圧力をかけ、ローリーで空気を運ぶようなもので非効率きわまりないが、それでも現状ではそれが一番高効率という有様である。

副生水素以外の、いわば水素生産を目的として作られたものについては、電気分解だろうと改質だろうと、また圧縮水素だろうと液体水素だろうと、いずれも同熱量のガソリンに例えればリッター300円、方法によっては400円という価格になってしまうことが明らかになった。資源エネルギー庁の戸邉千広氏は「風力や太陽光の電力で水素を作ればCO2排出ゼロ」と強調したが、水素を作るより電力のまま使ったほうがいいに決まっている。また余った電力の貯蔵に使うとしてもダムを利用した揚水発電に比べてエネルギー効率ではるかに劣っているというのでは、これまた話にならないであろう。

今日、水素の使いにくさを打開するために、圧縮水素、液体水素以外の第3の方法の開発も進められている。水素を他の物質と組み合わせ、再び水素に戻しやすい液体である有機ハイドライドだ。水素ステーションの設備費を若干下げる効果はあるものの、輸送コストの改善効果は圧縮水素との比較では微々たるものにとどまっている。

この有機ハイドライドをガソリンのようにタンクに入れ、車のほうで水素を取り出せるようなコンパクトな装置が開発されれば、ガソリン1リットル換算で100円前後もかかる高圧ボンベへの充填コストが省けるようになるが、それでようやくガソリンとコスト的に勝負ができるようになるかどうかといったところ。これら水素価格の問題は、量産すれば何とかなるというものではないだけに厄介だ。