Q.熱中症患者が増えているのはなぜですか?
私たち人間の体は、高温多湿(暑熱)な環境下では、汗をかくことや皮膚から熱を放出することで、体温をコントロールしています。ところが、高温多湿の状態が長く続いたり、昨今のような災害級の暑さになったりすると、体温の調整機能が追いつかなくなり、熱が体内にこもって、時に40℃を超える高体温になってしまいます。この体内に熱がこもった状態が「熱中症」です。
高体温になると、熱を逃がそうと大量に汗をかくため、体内の水分や塩分(ナトリウムやカリウムなどの電解質)が減っていきます。いわゆる脱水状態になり、血液の流れも悪くなり、酸素や栄養がいきわたらなくなるため、脳をはじめ臓器へのダメージも出てきます。
特に子供は、汗腺が未熟で体温調整の機能が十分に発達していないために、熱中症にかかりやすいといわれています。
初期症状は、強い口の渇き、めまいや顔のほてり、体のだるさ、立ちくらみ、生あくび、頭痛など。中期になると、吐き気や嘔吐、発熱、大量の発汗(あるいはまったく汗をかかない)、元気がない、筋肉痛や筋肉のけいれんといった症状があらわれます。体温が40℃を超えたり、呼びかけに反応しない、目の焦点が合わない、体全体のけいれんなどの症状が出てきたら、すぐに医療機関を受診する必要があります。
熱中症にかからないためには、汗をかきやすい体にしておくことと、体を暑さに少しずつ慣れさせていくこと(暑熱順化)が必要です。ところが、近年、この二つが難しくなってきています。熱中症にかかる人が増えているのも、そのためだと私は思っています。
Q.昔と何が違っているのですか?
「汗をかくこと」なんて、当たり前にできると思っていますよね。ところが、汗をかくにも能力が必要で、最近の子供(大人も)はその力が低下してきているのです。
少し前までは、炎天下でも走り回って、思い切り汗をかく子供たちの姿を当たり前に見ることができましたが、今は(特に都会では)外で遊べる場所が減ってきています。また、家庭でも学校でもエアコンが効いていて、汗をかく環境にもないですよね。
気候変動による影響も見逃せません。猛暑日が増えてきて、ますます「外で遊ぶ」機会は減っています。汗をかくチャンスが失われることで、汗腺が発達せず、汗をかけない子供たちが増えているのです。
さらに、子供たちが汗をかきにくくなっている理由が、もう一つあります。
汗腺の数は、生まれたときから変わりません。しかし、実際に汗を出すために機能している「能動汗腺」の数は、2~3歳までにたくさん汗をかくことで増えていくといわれています。
ところが、今の小学校低学年の子供たちは、コロナ禍で幼少期を過ごしました。
前述したライフスタイルの変化に加え、不要不急の外出制限や、密を避けるために友達と一緒に体を動かして遊ぶことも自粛させられたのです。この子たちの能動汗腺は十分に発達していないという恐れがあるのです。
とはいえ大人になってからでも、いわゆる熱帯地域で生活すると、能動汗腺が増えるという研究結果もありますから、今からでも遅くはありません。少しでも汗をかく機会を取り入れて、能動汗腺を増やす努力をしていただきたいと思います。具体的なアドバイスは後述しますね。
近年の気候変動は、暑熱順化を難しくさせる要因にもなっています。少し前の日本は、春から夏にかけてゆっくりと気温が上がり、体も徐々に暑さに慣れていくことができました。ところが最近は、春を感じる前に夏日になることも。1日の中での寒暖差も激しくて、体がついていけない、と感じることもあるのではないでしょうか。
こうした理由から、熱中症の対策がこれまで以上に難しくなってきているのです。
Q.熱中症はなぜ危険なのでしょうか?
風邪でも高熱が出ますが、熱中症の熱とは明らかに違います。
風邪による発熱は、原因となるウイルスを攻撃するために、体(脳)が自ら意図して、体温を上昇させるものです。脳が設定した以上に体温が上がることはありません。ウイルスを撃退すると、発汗して体温は下がります。ですから風邪の発熱は、脳への大きなダメージはあまりありません。
ところが、熱中症の発熱は、脳の意思とは関係なく、外気温に体温調整が追いつかないためにどんどん上昇するのです。42℃を超えると、脳や中枢神経にダメージを与え、回復後も集中力や記憶力の低下、頭痛、めまい、ふらつき、疲労といった後遺症が数カ月にわたって残ることもあります。怠けているとか、夏バテなどと誤解されやすい症状ですが、熱中症の後遺症という可能性があることも知ってほしいですね。
また、吐き気やめまいがあっても、それを熱中症と自覚せずに過ごしている子もいます。これが、いわゆる“隠れ熱中症”です。
遅れて症状が出る“時差熱中症”というのもあります。夕方、涼しくなってから体がだるくなったり、立ちくらみが出たりする。夜になって受診してくる患者さんに、「日中は何をしていましたか」と聞くと、「外で3時間運動していました」と言われる。運動しても適切に汗がかけないまま、ゆっくり体に熱がこもっていき、時間差で発症しているのですね。また午前中は平熱だったのに、午後にいきなり熱が出るケースもあります。吐き気や嘔吐がある場合は、胃腸炎と誤解してしまう場合もあり、対策を間違えると重症化することもあるので、注意が必要です。



