つけ麺を発明した山岸一雄さんが残した刺さる言葉
生活や仕事で役に立つアドバイスを送られることを「金言を授かる」などと言う。過去に誰かに言われた言葉を「あれは金言だった」と振り返ることもあって、どちらも自分に多大な影響を与え、いい方向に導いてくれたことへの感謝の意が込められている。読者諸氏にもそうした心に刺さった言葉があるだろう。
私はこの春、東池袋「大勝軒」の創業者で“ラーメンの神様”とも呼ばれる業界のレジェンド、故・山岸一雄さん(1934年-2015年)について愛弟子の田内川真介さん(48歳)と対談形式の本を出した(『ラーメンの神様が泣き虫だった僕に教えてくれたなによりも大切なこと』文藝春秋)。その中には、現在「お茶の水、大勝軒」店主となった田内川さんが師匠・山岸さんから修行時代などにかけてもらった数々の金言が登場する。
「言葉って、誰が言うかによって受け取り方が変わってくるじゃないですか。ふつうの言葉なんだけど、修業仲間や友人に言われるのと、尊敬する師匠に言われるのとでは説得力が違い、素直に聞くことができました。僕にとって、ラーメン屋をやっていくための土台となる言葉ですね。宝物のように大切にしています」(田内川さん)
田内川さんを唸らせた“ラーメンの神様”の言葉とはどんなものか、いくつか紹介しよう。
●「真介、おまえだけは味を変えるなよ」
弟子が修業を終え、いよいよ独立というときに、たった一度だけ師匠が発した言葉。他の弟子にはのれん分けする際に「好きにやっていいよ」と言うのに、どうして自分だけ味を変えてはいけないのか、意味がわからなかったそうだ。
それでも、のちに自分を「味の後継者」に選んでくれたと察した田内川さんは、山岸さんの真意をラーメン職人としての使命だと感じ、師匠亡き後もその存在を常に意識するようになっていく。「味を守れ」「おまえならできる」と、いわばドラフト1位指名された喜びが大きなやりがいをもたらし、その後の苦境を乗り切る力を弟子に与えたのだ。
●「ボリュームも味のうち」
お客さんを腹いっぱいにし、笑顔で帰らせたい。そのためにはカッコつけずに大盛りにして満足してもらうのが山岸流だった。見た目のインパクトや十分に食べたという満足感も味のうちだとする考え方は、戦後の貧しい時代を知っている師匠が飲食店をやっていく上での譲れないものだった。味を変えないからには、「洗練を目指すな、武骨であれ」というメッセージにも忠実であらねばならない。そのおかげか、「お茶の水、大勝軒」は流行を追わず、ブレない味を提供できている。


