ドラマと違って、やなせたかしは「お父さん」と呼んでいた
『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)では、やなせはこう綴っている。
父というのは本当は伯父で、籍は入っていなかったから、義父でもなかった。しかしぼくはお父さんと呼んでいたし、たしかに父だった。
実子でもないぼくを望むままに東京に遊学させ、海のものとも山のものとも知れない芸術の道に進むことを許してくれたではないか。ぼくはどんなに感謝しても感謝しきれない。
そのとき、やなせは東京田辺製薬(現在の田辺三菱製薬)の宣伝部に就職が決まっていた。目指していたとおり図案・デザインの仕事に就いたわけだが、製薬会社を選んだのは、医師である伯父に恩返しをしたかったからだという。
愚かなことに、製薬会社に勤めれば薬を安く父にまわせるかもしれない、少しは役にたつだろう、と考えたのである。
「田辺製薬か、しようもない会社に入ったな」と父は(あえて父と呼ぶ)言った。
やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
「田辺製薬か、しようもない会社に入ったな」と父は(あえて父と呼ぶ)言った。
やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
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